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錆びぬ歯車の夜明けに

/ 25 min read /

薄墨 しずる
あらすじ
錆びた空の下、巨大な欲望の塔が人々を支配する大陸。忘れ去られた「原初の歯車」の鼓動を唯一聴きとることができる少女・エララは、抗えぬ運命に翻弄されながらも真実を探し続けている。一方、かつて正義に燃えていたが今や堕ちた騎士リアムは、己の罪と贖罪の狭間で葛藤する。理を追い求める異端の錬金術師ゼノは、世界の法則を書き換えるべく禁断の研究に没頭していた。彼ら三人の邂逅は、帝都と廃都の運命を激変させ、消えかけた大地に新たな夜明けを告げる歯車の音を響かせる。希望と絶望、裏切りと信念が交差するマナ・スチームパンク叙事詩が、今、紡がれ始める。
錆びぬ歯車の夜明けに
薄墨 しずる

夜明け前の空は鉄板のように冷え、まばらに残った星々さえ錆びた釘の頭のように鈍く曇っていた。大陸中央を貫く空虚の谷では、風が吹くたび岩肌が乾いた鐘の音を立てる。谷底のさらに下、黒曜石の大空洞に横たわるのが原初の歯車――プライマル・ギア――である。直径三百メートル、神々が鍛えたとされる無垢なる金属は五百年もの間一度も錆びず、ただ静かに沈黙してきた。だが沈黙は決して完全ではなかった。歯車の奥底で微かに残る律動は、心臓に耳を押し当てたときにだけ聞こえる拍動のように途切れながらもなお続き、風より細いマナの脈が地中を這う。
人々はその鼓動を聴こうと耳を澄ませ、祈り、血を流し、歯車に触れようとして焼け爛れた。だが耳に届いたのは別の音だった。エーテル晶石を砕く乾いた轟音、魂石を刈り取る嗚咽、野望を鎖で縛り上げるような軋み。枯れた大地に残った最後の恵みを奪い合うため、巨大ギルドは王侯の権威を簒奪し、空に飛空艦を浮かべ、地下に無数の坑道を刻んだ。都市国家と自由市は錬金術師の計算式と投資家の皮算用で糸のように結びつき、戦場の境界線は金融市場の折れ線グラフとほぼ同義となった。
そんな世界を貫く一本の噂――「歯車はまだ動く。律動を聞き取れる共鳴者が“鍵”となる」――が闇市の酒場から王侯の宴席までを静かに駆けめぐった。噂は毒であり、蜜であり、火薬だった。心に宿った野望の芽は熱を帯び、誰一人その発火を止めることはできない。ソル・インダストリーとノクティス・マシナリー――二大ギルドが首都にそびえ立てた黒鉄の塔もまた、その囁きに震え、隠しきれない焦燥で鋼を軋ませていた。
雪片よりも遅い速度で、原初の歯車の軸がわずかに揺らいだ瞬間、世界はまだ気づかなかった。けれど遠い辺境の夜気を裂く犬の遠吠えとともに、少女エララ・リーディアは胸骨の奥で人外の旋律を聴き取り、凍えた指先で見えない鍵盤を探るように震えた。今はまだ誰にも届かぬその旋律こそが、世界を遅く確実に転がす新たな序曲だった。

夕陽は山裾の雪を血のように染め、ルビカ鉱山の坑口から立ちのぼるエーテル蒸気が虹色の靄を生んでいた。重い硫黄臭と金属臭が村を覆い、住人たちは日没と同時に家々の戸口へ錠を下ろす。屋根瓦に降り積もった灰は一晩で足跡さえ埋め、翌朝には新しい死屍の布団になる――そんな習慣がいつから始まったのか誰も覚えていない。
鐘楼の影に潜む少女エララは両耳を塞ぎ、肩をすぼめて震えていた。坑道から漏れるマナが鉱脈を震わせ、石が痛みを訴える鈍い轟音を生む。その音は骨に共鳴し、脳裏に直接「助けて」と刻む。共鳴者である彼女にとって、それは悲鳴であり、毒であり、逃れられない運命だった。
「……また独りで聴いているのか」
掠れた低音が背後から落ちる。振り向けば深藍のマントを肩に掛けた長身の男――リアム・アークライト――が立っていた。煤けた胸甲についた無数の剣戟痕が月光を反射し、片刃剣の柄に巻いた包帯は乾いた血で固まっている。
「街道に魂石の輸送隊が来ている。護衛の依頼を受けてな。村を通す見返りに数日の逗留を許可された」
彼は腰を屈め、エララの視線と高さを揃えた。金褐色の瞳は荒事に慣れながらも、どこか子どものような躊躇を宿し、彼女の鼓動を計る医師のように静かだった。
「エーテルの泣き声が……大きくなってる」エララは両手の平で耳を押さえたまま呟く。「耐えられない。鉱山が潰れる前に、きっと私の鼓膜が砕ける」
「共鳴者の耳は貴重だが、呪いでもある」リアムは肩で息を吐く。「ソル社もノクティスも耳のいい人間は欲しがるが、守ろうとはしない」
そのとき谷に雷鳴のような爆音が転がり込んだ。夜を一閃する黒い稲光――魂石輸送隊の陣が白炎に包まれるのが遠望できた。リアムは剣を抜き、エララの手首をとった。
「影詠士〈シェイドシンガー〉の襲撃だ!伏せろ!」
闇から編まれた漆黒の刃が風より速く飛び、兵士たちの喉を冷たく切り裂く。紫電の残滓が地面を焼き、砂利と血が混ざった匂いがむせ返るように濃かった。リアムはエララを抱えて崩れかけの石壁の下へ飛び込み、影の舞い踊る黒いシルエットを睨む。
「逃げるぞ。これは盗賊でも傭兵でもない。ギルド直属の処刑人だ」
剣の鍔に宿る淡い光が、エララの震えを僅かに鎮めた。石壁越しに聞こえる絶叫と断末魔の合唱はいつ果てるとも知れず、血煙だけが夜空へゆっくりと溶け上っていった。

二人は黒松の森を縫う獣道を駆け、氷の欠片のように尖った月光が散る渓流を飛び越え、夜通し走った。村を焼く炎はやがて山稜に隠れたが、焦げた木材と溶けたエーテル晶石の臭いは風に乗って追ってくる。
「足は? 肺は? 痛むか」リアムは歩幅を落とし、後ろを振り返るたびエララの顔色を確かめた。
「大丈夫……多分」少女は小さく頷くが、声は紙のように薄い。首都へ近づくにつれ空気に満ちるマナ濁流が濃度を増し、共鳴者の鼓膜をひっかき回した。めまいが波のように押し寄せ、金槌で頭蓋を叩かれるような耳鳴りを連れてくる。
王城門の尖塔が闇に浮かび上がった瞬間、エララの膝が折れた。視界は色とりどりのノイズに千切れ、胃袋が裏返るような悪寒が全身を走った。
リアムは彼女を抱き上げ、裏路地へ滑り込む。暗闇の奥で鈴のような笑い声が鳴る。
「共鳴者を首都へ連れてくるとは。さすが元・白銀騎士団《シルヴァナイト》の副団長」
闇から現れたのは仮面をつけた女、影詠士シルヴァ。黒布のコートを翻し、月光を吸う仮面の瞳孔が艶やかに燃えている。
「原初の歯車は辺境の地下で歌い始めたよ。共鳴者を呼んでね。――世界を壊すほど美しい旋律を聴きに行かないか?」
リアムは剣の柄を握りしめるが、斬りかかるより早く娘を守るため身を塞いだ。「お前に協力する理由はない」
「理由は後で考えればいい。選択肢は二つ。彼女をここで殺されるか、私と来て彼女を生かすか」
首都の石畳を震わせるほどの遠雷が響き、夜空の高みに飛空艇の巨影が滑走していく。ノクティスの旗印――双頭の鴉が銀に光っていた。

同時刻、研究塔最上階。錬金術師ゼノ・ヴォルテールは黒鋼のゴーレム《アニマ・ギア“ラザロス”》を起動させる。銅線を筋として編み上げられた躯体は、魂石炉の藍光を吐息のように散らし、無音で一歩を踏み出した。
「歩け」
階下へ響く衝撃で塔の水晶窓が細かく震えた。ゼノは額を拭いながら、自身の上司が下した冷たい命令を思い出す。「ソル社の鉱山を奪れ。供給線を断て。コストは問わん」
「非効率だ。だが混沌を極限まで押し広げれば、秩序はより高みへ至る……らしい」かすかな自嘲が唇を震わせた。

一方ソル・インダストリー本部。黒曜石の会議室で総帥ガイウス・ヴァン・ヘイデンは夜景を背に指を鳴らす。
「ゼノ・ヴォルテールの研究を手に入れろ。奴の首をもってこい」
長机の反対側、影詠士シルヴァは仮面越しに微笑む。「報酬は株式四パーセントと私の自由、それだけ」
ガイウスの唇は嗜虐的に歪んだ。「約束しよう。ただし世界が傾けば株式は紙屑だがね」

中立都市リブラの尖塔では、老議長マスター・レグルスが歯車形懐中時計を閉じる。市場は噂一つで金利を狂わせ、銀貨を紙屑に変えた。レグルスは呟く。「静かな分銅を、そっと秤に足してやらねば――」

こうして四つ巴の力は互いの軌道をえぐり込みながら、ゆっくりと原初の歯車へ吸い寄せられていった。

灰色の夜明け、霧が廃都ハルマゲートの尖塔を包み隠す。聖都と呼ばれた石畳は雪のように砕け、かつての聖句は半ば風化して読めない。そこへノクティス私設部隊が行軍し、先頭にはラザロスが立つ。脚が岩盤を踏み抜き、轟音とともに粉塵が舞うたび、遠くの鳥が一斉に飛び立つほどの振動が走った。
ラザロスの視界には高効率でフォーカスされた敵影のタグが赤く灯り、哀れな生身の兵士たちは数式の誤差程度にしか認識されない。けれどゼノの胸をよぎるのは奇妙な躊躇だった。彼の耳裏で幼少期の記憶が囁く。止まった歯車塔を見上げた少年は、世界が終わったと感じた。今、同じ恐怖を誰かに与えようとしている――。
ラザロスが飛行砲台を指向し、一斉掃射。蒼白い魔弾が夜の残り火を引き裂き、敵兵は悲鳴とともに燈が消えるように倒れた。最後に残った少年兵が銃を捨て、涙を浮かべる。ゼノの指が震えた一秒の間に、ラザロスは「排除」を実行、銃声は乾いた一発。鉱山の静寂は異様に重い。ゼノは己の鼓動すら誤差の範囲へ切り捨てようとする代謝の速さに戦慄した。

その終焉を待っていたかのように、シルヴァが風のごとく現れる。仮面の下の声は鈴の音のように軽やか。「良い玩具だ。両陣営に高く売れる」
彼女はラザロスの外装に触れ、呪界コードを吐息のように流し込む。視界ログが水銀色のデータとして滴り落ち、彼女の手の平で結晶化した。
「では、次は共鳴者の到着を待つだけ。廃都が最も美しく壊れる瞬間を見逃したくないね」

夜明けとともにリアムとエララが瓦礫の街へ辿り着く。崩れた聖堂の尖塔は月牙のように欠け、地面には魂石の破片が星屑のように散らばる。エララはその一粒に触れ、痛みと記憶の残渣に眉をひそめた。「ここに……何千の声が閉じ込められてる」
リアムは剣を抜き、刃の紋様が淡い光を放つ。「俺たちには時間がない。歯車の奥へ辿りつくんだ」
彼らの背後でシルヴァが指笛を鳴らした。「急げ、ノクティスのゴーレムが狂犬を放たれたように来る」

ラザロスは聖堂の天蓋を破り、黒い雨のごとく瓦礫を降らせて降臨した。シルヴァは魔導符を散らし、ゴーレム兵団の制御コードへ侵入、紫紋を刻み込む。機械兵が悲鳴のようなノイズを上げ暴走するが、ラザロスは即座に自己修復アルゴリズムを展開、暴走兵を逆にデータ燃料として吸収した。
聖堂最奥――炉心。直径五十メートルの歯車が半分崩れた祭壇に埋もれ、中央のマナコアはひび割れから光を噴出している。リアムは剣を掲げ、光の壁を作ってエララを守るが、マナ圧は上昇を続け、耳に突き刺さる共鳴音が少女を膝から崩れさせた。
ゼノが歩を進めた。彼のマントは爆風で裂け、肩口の血がラザロスの投影光で蒼く染まる。「君たちも目的は同じはずだ。歯車を動かし、世界を再定義する」
「違う。歯車は歌いたいんだ。燃料も、兵器も、通貨でもない!」エララは震える指で歯車に触れ、泣くように叫んだ。

炉心へ続く大階段で、リアムとゼノは剣戟を交える。一閃ごとに秘銀の火花が飛び、階段の石が砕けた。ゼノの動きは論理に支えられた機械的精度、一方リアムの剣筋は騎士道と感情の軌跡が織りなす変則リズム。
「合理だけでは歯車は回らない」リアムは剣を押し込み、ゼノの額に当てた。「魂を無視した数式は、いつか破綻する」
ゼノの目に浮かぶのは怒りではなく、理解という名の震えだった。子どもの頃、止まった歯車を見上げたとき味わった終末の恐怖――あの恐怖から逃げるために築いた論理は、今ここで否定されつつある。
エララは歯車の中心に立ち、胸骨の奥の旋律を声に変えた。音にならないはずの周波が空気を震わせ、床石に光の紋様を咲かせる。
ラザロスが異常値を検知し、腕部砲門をエララへ向けた。その瞬間、ゼノはリアムの刃をかわし、己の体を盾にして砲撃を受けた。衝撃で吹き飛んだ彼の背からマナの火花が散る。
「プライオリティ変更……護衛対象を“歌”に設定」ゼノは血を吐きながら呟き、ラザロスへ新たな命令を流し込む。
リアムは剣を炉心に突き立て、ゼノの魔導素子を刃に沿わせた。共鳴回路が閉じ、エララの歌声が回路を満たす。ラザロスは膝をつき、背面の魂石を開放。兵士たちから奪ったエネルギーが光となって歯車へ吸い込まれ、暴走コードは光の糸に変わり旋律へ溶けていく。
爆発音に似た重低音が一度。続いて透き通る笛の音のようなマナの風が聖堂を吹き抜けた。歯車はゆっくり、しかし確かに回転を始める。蒼白い光の嵐が広間を満たし、瓦礫も血も虹色の霧となって昇華した。

崩壊する回廊でガイウスは憎悪を噴き上げたが、足元から伸びた魂石鎖が彼の四肢を絡め取った。奪い取った生命たちの怨嗟は燃える鎖となり、総帥の身体を焼く。最後の絶叫とともに彼は光へ呑まれ、黒い外套だけが灰となって舞った。
シルヴァは光の奔流の中で踊るように宙を翔け、リアムへ片手を振った。「壁は崩れた。好きに生きろ」
レグルスは歯車が織りなす新たな経済網の可能性を前に、深く一礼して杖を鳴らし、霧の向こうへ姿を消した。

原初の歯車の回転は大陸全域の空気を一夜で塗り替えた。マナは網目状に広がり、炉を用いた魂石燃焼は過去の遺物となった。ギルドの塔は規模を縮小し、富と武力を独占した象徴としての権威は崩壊する。替わりに都市と都市を結ぶ光の帯が夜空に浮かび、「シンフォニック・ライン」と呼ばれた。ラインは人の呼吸や鼓動をマナへ変換し、疲弊ではなく調和へ導く循環網である。
リアム・アークライトは剣を鍬に持ち替え、廃村となったルビカに小さな騎士学校を興した。そこでは剣技の前に「守るべきものの声を聴く術」を学ぶ。校舎の窓辺にはかつて血を浴びた古代剣が穏やかな光を帯びて立て掛けられ、子どもたちはそれを撫でるたび微かな音色を聞くのだという。
エララは旅に出た。マナの風に乗り、各地の廃炉を訪れては歌を捧げ、歯車の語り部として希望を伝える。彼女が通った村では不思議と土地が肥え、小川が澄み渡り、夜になると風が子守唄を運ぶ。
ゼノ・ヴォルテールは復元したラザロスとともに廃都の塔に研究所を構えた。調和と最適化の狭間で新たな数式を紡ぎ、子どもたちに機械仕掛けの鳥を贈っては笑い声を収集するという風変わりな実験を続けている。ラザロスはその笑い声を基準信号に設定し、暴走しない自律アルゴリズムを導き出そうとしているらしい。
夜になると歯車の塔から蒼い光柱が立ち昇り、静かな旋律が大陸を巡る。それはかつて悲鳴だったものが今や子守唄へ変わった証。人々は窓を開け、遠い鐘の余韻のような音色に耳を澄まし、互いの心臓に刻まれる拍子を確かめる。
世界の歯車は失われていなかった。欠落していたのは、歌を聴く耳だけだったのだ。蒼白い月の下で剣と歯車は共に奏でる。新世界の序曲は鳴りやむことなく、未来という名の舞台へ拍子を刻み続けている。