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灰と星図のフリンジ

/ 21 min read /

霧島ユウリ
あらすじ
腐敗した巨大都市フリンジで孤独に生きる少年レンは、父の遺品である旧式端末を手にしたことで、記憶を失った謎の少女“ソラ”と出会う。都市を支配するギャングや企業、そして正体不明の勢力が入り乱れる中、レンとソラは追われる身となり、互いの過去と都市の秘密に迫っていく。停電が続く闇の中、星図に隠された希望のコードを巡る争奪戦が始まる。友情と裏切り、絶望と希望が交錯する中、少年は自らの鼓動と向き合い、未来を選び取る覚悟を問われる。崩壊寸前の都市で、二人は光を見出せるのか。
灰と星図のフリンジ
霧島ユウリ

夜明け前の空は、煤を溶かしたような濃灰色の靄で覆われていた。フリンジ第捌(だいはち)地区――セントラル・メガロポリスの外周に貼り付いた傷口のような街。骨の折れる選鉱作業用の排気が、永久に止まらない焦げ臭さとともに低空を這い、薄汚れたドーム街灯の光を鈍く屈折させている。
レン・マクラウドは、錆の剥がれ落ちた窓枠に肘を乗せ、父の形見である旧式ラップトップと睨み合っていた。六桁の暗号列のうち最後の一鍵――それだけがどうしても割り切れない。冷却ファンはとうに寿命を超え、内部基板の熱は薄い筐体を通してレンの膝にじりじりと焼きつき、彼の焦燥を煽る。

「お願いだ、父さん……もうヒントは残ってないのか」

乾いた呟きは、靄の向こうで軋むプラットフォームの金属音にかき消された。夜と夜の隙間に潜むこの無音の街で、レンは自分だけが呼吸しているような孤独を覚える。そしてその孤独を打ち破るように、遠方で鉄の翼を負った影が制御を失った鳥のように揺れながら迫ってきた。配送ドローンだ。機体下部のステータスランプが赤から紫へ、紫から白へと乱雑に瞬く。

次の瞬間、ドローンはレンの工房屋上に突っこみ、スパークを散らして転がり落ちた。破損したリチウムセルが空気を噛み、白昼の雷光にも似た閃光が薄闇を縫い裂く。その反射光が、ラップトップのうっすらと曇った液晶に不可思議なフォルダを浮かび上がらせた。

〈Σ–OrA〉――ソラ。

レンの胸が跳ね上がると同時に、遠くセントラル高層区では統合AI“アテナ”の監視網に「観測体喪失」のログが刻まれ、白い巡航灯をまとった保安局のホバーカーが夜空を斬った。暴風は、まだ始まりさえしていなかった。

ドローンの残骸から立ち上る焦げた樹脂の匂いを背に、レンは階段を駆け降りた。フリンジに雨季などないはずなのに、空は不意に涙を溜め、弾丸のような雨粒を斜めに撃ち込んでくる。錆び付いた手すりは湿り、夜気は鉛のように重たかった。

ドローンは墜落の衝撃で積荷ハッチをこじ開けていた。湿ったダクトパイプの影で覗き込んだレンの視界に、光を奪う黒いケースや衝撃吸収フォームが散乱し、その奥で思いがけない“白”が目に刺さった。

壊れた広告ホログラムの虹色が、少女のワンピースの純白に滲んでゆく。泥すら弾く繊維の表面をつたい、雨滴は真珠のように床へ滴った。少女はおよそここ――フリンジの腐敗した現実――とは折り合わない瑞々しさで瓦礫の上に横たわり、その頬はまるで温室で育った花弁のように薄い。

「……生きてるのか?」

濡れた前髪を払って脈を探る。指先に微かな熱と振動。少女の首筋、通常の生体チップがあるはずの位置に、銀糸めいた端子が花弁を開くように覗いていた。登録市民ではない。

遠くでサイレン。雨で歪む青い光が壁を走る。フリンジでは、無登録者の発見は賞金首と同義だ。レンは躊躇を捨て、少女を古いカーボンジャケットに包み込んだ。

古い昇降ケーブルをつかみ、錆びた鉄骨を伝って闇へ溶ける。雨粒が跳ね、フリンジの薄闇でレンの呼吸だけがやけに鮮明に聞こえた。

工房に戻ると、煙突から滲む油煙と金属の粉塵が空気を鈍く揺らしている。暗い室内で少女を作業台に横たえると、蛍光灯の青みがかった光が彼女の肌を半透明に照らした。

脈は規則的。だが呼吸は限りなく浅い。レンは父の医療用ポーチを漁り、補助酸素カプセルを口元へかざす。ふと視線を落とすと、少女の掌が僅かに動き、ラップトップへ伸びた。

――カチリ。

空間の温度が変わる。未知のプロトコル速度で、少女の神経が骨董I/Oポートと結線され、画面に細波のような霧が走った。父のホログラムが浮かび上がる。濃い声が埃を震わせた。

『システムは臨界を超える。鍵は観測者だ』

映し出されたのはセントラル発電コアの設計図。見覚えのない警告色が無数の欠陥箇所を示して瞬き、仄青い屋根裏の薄闇を脈動させた。

少女は目を開ける。水晶に似た虹彩がレンを映し返し、そして囁きが零れた。

「……私は“ソラ”。あなたが呼んだ。」

その声は金属と雨音が混ざる世界に、初めて木漏れ日を差し込ませた。レンは父が事故死ではなく“消された”という直感に全身を貫かれ、凍えるような熱を覚えた。

翌朝のフリンジは、雨の匂いを残したまま溶鉱炉の熱に蒸され、靄が焦茶色に変じていた。工房の外壁に張り付くように設けられた非常階段の踊り場から、レンは街を見下ろす。錆と欲望の入り混じった香り――それがこの地区の朝の挨拶だった。

作業台ではソラが静かに指を動かし、ラップトップの内部を書き換えている。指先から光の微粒子がこぼれ、キーボードは触れられていないのにカチカチと小さく鳴った。彼女はコードそのものを奏でるようだった。

レンの脳裏を拭えぬ問い――彼女はいったい何者で、なぜ父の端末に応答したのか。

「ソラ、君は人間なのか?」

問いは愚直で幼かったが、ソラは怒らなかった。微笑み、長い睫毛を伏せて言う。

「私は観測者。生命か機械か、その境界の解像度を上げるのはあなたたちの仕事。」

その言い回しの優雅さに、レンは言葉を失った。

一方、リサイクル・ループ市場の暗隅ではカイ・フェルナンドが黒いポリマーケースを手にしていた。医療用と称されるナノカプセル――実際は微小兵器。ケースの内蓋には〈Level: Lethal—Medical Waiver Pending〉の赤文字。

「これでスコアを一気に跳ね上げる……」

カイが呟く“スコア”とは社会信用評価。数値が高ければ高層区へ進学・就職・治療、何もかもが開かれ、低ければ次の雨で流されるゴミ同然。

取引は滞りなく終わるはずだった。だが今日は違った。保安局生活安全局長・黒崎悠真――その“妹”が背後にいた。彼女の存在は、フリンジの闇ルートを束ねる保安局側協力者たちを震え上がらせた。

カイはまだ知らない。ドローン墜落の余波として別ルートから流れてきた保安局の捜索令状が、彼の名を赤く囲っていたことを。

夜。工房に冷たい風が吹き抜けた。ソラがファイバランプの下でレンにデータを示す。発電コアの欠陥箇所が拡大するたび、都市の心臓が不整脈を起こすように赤いビートを刻む。

「公表しなければ都市は死ぬ」レンは拳を握った。

そこへ、フリンジ随一の情報売人ナギ・ミョウジンが現れる。着古した僧衣風コートの裾を払うと、内側の量子鍵盤が鈍く光り、彼の指先の動きに合わせて幽かな和音を奏でた。

「その娘、脳域拡張チップだけでも億は堅い。だが君の正義は金で計れる類ではない……面白いな」

ナギはセントラル潜入ルートと引き換えに、発電コア暴走時の被害予測を要求。ソラの内部ストレージが開かれ、深海のような黒画面に赤い数字が浮かぶ。三日で二つの都市が死ぬ。

決意を固めた瞬間、工房のシャッターを衝撃波が歪めた。保安局特務班のドローン掃射。青白い閃光が壁を抉り、飛び散るスパークが工具棚を燃やす。

「データを渡せ! 少女は保護対象だ」

黒崎の低い声が轟いた。仮面のように無表情な部下たち、その背でホバードローンが旋回し、マズルフラッシュの光が雨の蒸気を切り裂く。

レンはソラの手を取る。背後で義兄弟ゲンが胸を撃ち抜かれ、赤い飛沫が床を濡らす。ゲンは倒れながらも古い懐中時計をレンに投げ渡した。

「父さんの……道を……」

銃声、火花、荷重の砕ける音。レンとソラは炎と雨の境を跳び、路地へ滑り込む。遠くで孤独な影――カイが襲撃現場を見守っていた。彼の瞳は揺れ、かつての友情と今の利己が軋み合う音を立てる。

工房は燃え落ち、ゲンは辛うじて息をつないだ。搬送ドローンの震えるプラットフォームで、彼は血にぬるんだ紙の星図と地下鉄廃線の鍵をレンに託す。

「……コアの底に、父さんが残した道がある……兄弟、頼む……」

炎の匂いと焦げた金属の臭気が交じり、レンの喉は焼けた鉄のように痛んだ。

セントラル高層区。押収データを解析した黒崎は蒼白になった。欠陥は上層の黙認案件。妹の難治性疾患の治療費を得るために黒崎自身が見逃したリベートが、都市を瓦解へ導く起爆剤となっていた。

巨大な硝子窓に映る自分の顔は、守護者の仮面を剥がれ、罪人の貌へ変わってゆく。

同じ頃、カイはナノカプセルの闇取引で保安局包囲網に飲み込まれた。だが影から放たれたナギの擾乱ウイルスが警報を食い破り、カイは間一髪で闇に滑り込む。

プラチナ煙草をくゆらせるナギが言った。

「駒は駒らしく盤面を眺めろ。だが盤をひっくり返す権利は、諦めた者にしか巡らない」

夜のバス停跡で、レンとカイは再会する。控えめな街灯が二人の影を滲ませて一つにした。沈黙が長い夜を延ばし、雨水が破れたビニール屋根から滴る音が会話のように挟まる。

「俺は……生きたいと思ったから逃げた。それだけだ」レンが絞り出す。

カイは瞳を伏せ、そして上げる。「だったら俺は、死なないために戦う。どちらも同じだ――同じじゃ駄目か?」

ソラは初めて涙に似た潤みを瞳に湛え、微笑んだ。彼女の微笑みは、鉄骨の上に咲いた一輪の花より不自然で、それゆえに美しかった。

星図が示すトンネルへ、レン、ソラ、カイは潜入した。地下鉄廃線は深海のような闇で、百年前の広告電飾が幽霊のようにちらつく。AI巡検ドローン群が蜂の巣のようなフォーメーションで進路を塞ぐが、ソラは宙に舞うコード片を指で弾くように空間ハッキングし、ドローンの視野角を塗り替えた。

かつて父が遺したサブプロトコルが軌道を描き、巡検ドローンは一斉に姿勢を改め敬礼するかのように沈黙。天井の錆色がゆっくりと光を孕む。

「遮断コマンドを実行すれば、コアを三日だけ止められる。しかし同時にセントラル全域が暗転する」ソラが言う。

コア直上の制御室――金属光沢の祭壇のような空間。床全面に敷かれた液晶パネルに父親の署名入りコードが淡く浮く。中心には人工心臓めいたレンズ状のリアクタが鼓動し、エネルギーを都市の動脈へ送り出している。

レンは停電を望む。三日間で修復の道筋を示し、市民の目を開かせるつもりだった。

しかしカイは拳を握る。「フリンジが停電したら、真っ先に切り捨てられるのは俺たちだ。水も食料も来ない。弱者から死ぬ」

殴り合いが始まる。拳と拳がぶつかり、互いの血が床に飛び、リアクタの白光がそれを照らす。殴るたび、少年期の笑顔と約束が砕ける音が響く。

そこへ黒崎が単独で現れた。制服を脱ぎ捨て、代わりに灰色の防塵コート。無言で銃を構え、彼の眼は自分の命を天秤にかけ終えた男の澄んだ凪を宿している。

「妹のために守ってきた秩序が、妹を殺す。俺を、闇から出してくれ」

黒崎は銃をレンへ差し出す。レンは黙って受け取り、掌を差し出す。黒崎は震えながら握り返した。ソラが保安局認証キーを黒崎の脊椎ポートへ滑り込ませる。制御系統は、すべて彼らの前に膝を折った。

遮断コードが叩き込まれた瞬間、都市は闇に落ちた。ネオンの洪水が途切れ、超高層ビルのガラス壁に映っていた広告さえ消えた。空は剥き出しの黒を取り戻し、大気に飽和した電荷がやがて緑紫の人工オーロラを産み出す。

照明を失った街路で、初めて人々は同じ空を仰いだ。ホログラムのない星空は、都市の虚飾を剥ぎ、裸の希望と恐怖を投げつける。

ナギは全ネットへ欠陥データを流し、保安局専用回線まで開放する。停電で娯楽を失ったセントラル市民はスマートグラス越しにそれを読み、自分たちの生存を脅かす真実だと知り、喚声と怒号が交錯した。

混乱の只中、カイは避難トラムで妹を抱える黒崎を見つける。唇が無音で問いかける――“わかったか”。カイは深く頷き、フリンジに戻ると、干からびた給水塔の手動弁を解放した。滔々と溢れ出す水が瓦礫と人々に降り注ぎ、歓声が夜を満たす。

再起動リミット三日。レンはコア修復プランをネットに公開し、旧世代エンジニアや若いハッカーが次々と合流した。黒崎は保安局のドローンに追われながら妹をフリンジ診療所へ匿い、ゲンは意識を取り戻し、古びた図面を差し出す。

「未来は、紙だけじゃ燃え尽きないさ」

最後の夜。朽ちた屋上で、レン、カイ、ソラは肩を並べる。血の匂いと機械油の風が吹き抜け、雲が裂け、星が流れ込む。ソラの瞳に映るのは、人の世にまだ無いコンステレーション――新しい社会モデルの数式列。その光が三人の胸腔に同時に宿り、脈打った。

「私は、観測者ではなく……共創者になる」

レンとカイは拳を軽くぶつけ合い、笑う。

無数のドローン残骸が風に転がる音が、夜明けをせきたてる。誰も行ったことのないアップデートは、まだ名もない暁光の彼方で静かに待っている。

三人は息を合わせ、壊れかけた世界の新しいスタートボタンを、力いっぱい押し込んだ。