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灰白の塔、七秒の虹

/ 24 min read /

霧島ユウリ
あらすじ
監視網〈iEye〉によって色彩が消えた塔都市。少年ハッカー・ユウトは、冤罪で投獄された父の真実を追い求めていた。ある日、彼は光の檻に囚われた令嬢・アリサと出会う。二人は全脳同期儀式〈七秒〉の最中に、都市の支配構造を揺るがす革命のワームを放つ計画を立てる。だが、友情と裏切り、信念と葛藤が交錯する中、彼らの選択は都市の運命を大きく変えていく。灰白の世界に虹を取り戻すため、少年と少女はそれぞれの過去と向き合いながら、未来を賭けた叛逆に挑む。近未来を舞台に描かれる、色と自由をめぐるSF叙事詩。
灰白の塔、七秒の虹
霧島ユウリ

午前七時。東京湾から湧き上がった潮霧は第七セーフティ・ゾーンをぬめるように覆い、高架をくぐるたび鈍いクラクションが遠くで反響していた。超高層都市ヘブンズ・タワーは雲間に虹色の刃を突き立てるが、灰褐色の街を統制する拡張視覚〈iEye〉が自動的に彩度を奪い、人々の網膜には濁ったセピアだけが残される。「貧民階級は現実から目をそらすな」という無言の檻だ。そのフィルタを一瞬だけ忘れさせる鏡面パネルのきらめきさえ、規定外のノイズとして打ち消された。

神代湊は四階建て集合住宅の屋上に立ち、潮霧の粒を含む冷たい風を肺に満たした。錆びた手すりは指先をわずかに切り、じくりと鉄の味が走る。彼は空を見上げ、HUDを指で払った。「今日も良い牢獄日和ってやつだな」声と一緒に立ちのぼった白い息は霧と混ざり、すぐ形を失った。

公的プロファイルには“学習意欲指数ワースト1位”と刻まれている。実際の授業では睡眠か欠席。しかし黄昏どきになると、その少年は灰の街の奥へ潜り込む。“夜の顔”の幕が上がる瞬間だった。

放課後、湊は人気のない路地の奥に残る廃工場跡へ身を滑らせた。瓦礫の山を越え、焼け焦げた産業ロボットのアームを跨ぎ、コンテナの裏に隠した鋼鉄扉を開ける。内部には旧世代モニタが十数台、蜘蛛の巣のようなケーブルでつながれ、埃まみれのファンが喘息持ちの老人のような咳を立てる。低天井には雨漏りの跡が斑に残り、すえた鉄と潮の臭いが混ざっていた。

「おかえり、Kingfisher」
金属質の声がスピーカーから響き、黒い画面に白のコマンドラインが走る。湊が自作したアシスタントAI《Osprey》だ。彼は椅子へ沈み込み、指を踊らせる。七年前に発生した〈大規模通信障害〉のシステムログが緑のコードの雨となって降り注ぎ、闇を照らした。公式発表は“人為的ミス”。しかし湊の父、神代匠はその責任を負わされ、公開裁判ののち消息を絶った。

「父さんはスケープゴートじゃない。犯人は必ずいる」
歯で言葉を噛み砕くように呟いた瞬間、工場の天井が低く震えた。外で貨物ドローンが廃棄金属を投下したのだろう。錆粉が雪のように舞い、モニタの光が霞む。咳き込みながらも湊は笑った。「ここが世界の真ん中。人類が捨てた心臓部さ」

ログの奥深くで凍り付いた数列に、湊の視線が止まる。保安局が隠した“裏口”と思しきポートアドレス。そこへ今、未知の信号がアクセスを試みていた。差出人は〈Kardia〉。画面に現れた招待状には短い一文——〈ようこそ、天上からの亡命者〉。心臓が拳で殴られたように跳ねる。

湊が指を伸ばすより早く、コンテナの重い扉が軋んだ。濃い霧を裂くように、一条の光が差し込む。現れたのは橘蓮——アカデミー首席を目指す幼馴染だった。
「湊、また危ない橋を渡ってるのか」
蓮は額に汗を浮かべ、肩で息をしている。共有端末に赤い矢印が点滅し、湊の行動評価スコアがさらに低下した警告を示していた。
「今日こそ話す。やめろ。家族のためにも」
「俺は父さんのためだ」
二人の声だけが廃墟に反響した。互いに伸ばしかけた手は、霧の中で目標を見失って宙を掴む。蓮の背後でコンテナの外灯が瞬き、夜の帳が降りるのを告げた。

「真実を掘ることより、ここで生き延びる方が大事なんだよ」蓮は震える声で続けた。
「真実を失くせば、生き延びても死体だ」湊は言い切り、端末のタッチサーフェスを強く叩いた。
蓮は言葉を失い、ただ友の背を見つめた。暗闇でキーを打つそのシルエットが、自分の知らない世界へ離陸していく鳥のように思えた。

やがて蓮は諦めたように視線を落とし、帰路につく。背中が去り際に小さく震えた。湊は振り向かなかった。コンソールに集中し、〈Kardia〉へ応答パケットを送信する。真紅のアラートが画面を染め、廃工場全体が低く唸った。金属の骨が軋む音と共に、少年の運命は音を立てて転がり始める。

——ようこそ、深度ゼロの底へ。

ヘブンズ・タワー111階、ヴェルサイユ様式を模したホワイト・ギャラリーでは夜間ガラ・パーティが催されていた。床は乳白の大理石、天井には八角形の人工ダイヤのシャンデリア。弦楽四重奏の生演奏すらAIアバターによる遠隔演奏で、音階は完璧すぎて人間味を欠いている。

天童栞は豪奢なドレスの裾を指で摘み、窓際に立つ。〈iEye〉の上位権限を持つ彼女の瞳には夜の東京湾が群青と金の光で輝き、遠くのビル群が万華鏡のように歪む。自由に設定できる彩度と輝度。しかし栞にとってそれは“退屈”そのものだった。父――いや、塔の頂点に立つ祖父・弘一が築いた完璧な楽園。その中で生まれ育った彼女は、規格外の刺激を渇望していた。

「また詩集?時代遅れね」
社交派の同級生がシャンパンを揺らして笑いかける。栞は微笑で受け流し、会話スクリプト通りに「そうね」と返す。言葉の内容より正確なイントネーションが評価ポイントになる世界。彼女は息苦しさを覚え、背中のファスナーを引き裂きたくなる衝動を抑えた。

人目を避けて自室に戻ると、栞はドアロックを二重にかけ、防音カーテンを閉めた。壁をスライドさせると現れたのは博物館級の旧式通信ポート。光ケーブルを手でつなぐと緑色の接続ランプが点灯し、青白いサイン波がディスプレイを埋めた。そこに現れるハンドルネーム——《Kingfisher》。

「あなたは本物?」
キーボードを打つ指が震える。
数秒の沈黙の後、返答は一行だった。
〈何が本当で何が嘘か、その目で確かめる勇気があるか〉
胸が高鳴る。栞は塔内サーバの秘匿ログを探し出し、圧縮ファイルを添付した。七年前の通信障害当夜、保安局が中枢AI〈ミネルヴァ〉のコアコードを極秘に書き換えた記録。公に暴露すれば塔全体を揺るがす爆弾だった。

「受け取った」
冷ややかな一文。しかし背後には巨大な歯車が静かに回り始める気配があった。栞はディスプレイの光で自分の瞳だけが眩しく濡れているのに気づき、慌てて瞬きを繰り返す。「彼は、色を奪われた世界に未発見の虹を描こうとしている」と直感した。

同刻、廃工場では湊が送られてきたログを解析し、息を呑んでいた。保安局が父を吊し上げる3時間前、局長室から〈ミネルヴァ〉への未承認アップデートが実行されていた。「父さんは冤罪だった。……やっぱり全部仕組まれてたんだ」

重い空気を切り裂くように背後の影が動いた。振り返ると長髪を乱した中年の男が立っている。左耳のインプラントが壊れ、赤いLEDが断続的に点滅していた。
「やっと見つけたよ、啄木鳥くん」
地下鉄遺構で“ゴースト”と噂された伝説のハッカー鷺沼恭次。父の旧友。目の奥で青い火を灯す少年を見て、彼は満足げに笑った。
「君に渡すものがある。復讐の刃じゃない、未来を開く鍵だ」

翌朝。アカデミー行きのスクールバス。橘蓮は車窓に映る自分の顔から血の気が引くのを感じた。座席モニタには湊が「長期欠席」と表示され、自身の端末に彼の残響として“-4.2ポイント”が赤字で刻まれている。胸を締め付ける予感。非常ボタンを押し飛び降りると、粉塵舞う街路を駆け、廃工場へなだれ込んだ。

内部は空虚だった。モニタはすべてブラックアウトし、椅子の上に湊の手作り端末だけが残っている。画面には一行——〈もう止めなくていい。真実に触れてしまった〉。蓮は膝をつき、凍った床に拳を打ち付けた。「湊……どこへ行ったんだ」

その空洞へ保安局ドローンのサイレンが木霊する。真実が人を焼く音だった。

年に一度の〈アセスメント・デイ〉まで残り十二日。湊、栞、鷺沼は地下鉄遺構“ステーションF”に潜伏し、世界を書き換える計画を練っていた。半世紀前に海水が逆流して廃棄された駅は錆びたアーチ天井が崩れかけ、タイルの隙間から塩混じりの滴が落ちている。そこに最新型量子演算クラスタが唸り、蒸気のように冷却霧が漂った。過去と未来の臓器が一つの体内で脈打つ異様な空間だった。

鷺沼はホロマップを展開し、赤い線で配電ルートを走らせる。「iEye全同期の瞬間、〈ミネルヴァ〉の検閲フィルタにパッチが走る。その七秒間だけアルゴリズムが脆弱になる。俺が仕込んだワーム〈アルカディア〉で空白を広げ、生データを世界に吐き出す」
「でも物理ルータにアクセスしないと意味がない」湊が拳を握る。「鍵カードは保安局長・黒崎雅。父を罪人にした張本人だ」

栞が静かに手を挙げた。「内部動線は私が引くわ。ただし鍵を奪うには側近の行動パターンを狂わせる必要がある。上流社交を乱すトリガ——興行ドローンのレーザーバレエを利用できる」
そのとき、タブレットに着信音。“情報屋 一条戒”。鷺沼が顔をしかめる。戒のホログラムは金色のイヤリングを揺らしながら笑った。「塔内金庫に眠る天然米の種子を出してくれたら潜入ルートを全部あげる。ディール?」
湊は毒づく。「飢えて死ぬ子供がいる時代に種まで取引材料か」
戒は肩を竦め「革命も理想も腹が減っちゃ始まらない」と通信を切った。残された静寂が、現実の重みを突きつける。

一方、保安局地下指令室。黒崎雅は深夜ログを監査し、湊の行動評価スコアが指数関数的に揺らぐグラフを見つめていた。「神代湊……君は何を暴こうとしている」瑠璃色の軍装が冷光で煌めく。ピューリファイア特務部隊に指令が飛んだ。「排除ではない。生きたまま連れて来い」

夜。第七地区の路面市場ではスチーム屋台が立ち並び、スパイスの匂いと安物ホログラム看板が混ざっていた。蓮はそこで湊を捕まえようと待ち伏せしたが、先にドローンの銃声が石畳を跳ねさせた。追われる湊は市場の布テントを薙ぎ倒し、蓮を視認する。
「頼む、逃げてくれ!」蓮が叫ぶ。
「黙れ。俺は行く場所がある」
湊は雨樋を蹴り上階へ跳び移るが、ピューリファイアのロープが肩に絡み付く。高電圧が走り、体が弓形に反った瞬間、蓮が自分を楯にしてロープを引き剝がした。「俺の家族を餌にしても、親友は売らない!」
スタン弾が蓮の背中に炸裂し、彼は崩れ落ちた。湊の拘束が緩む。振り向けば友が黒崎の部下に担ぎ上げられていく。「蓮ッ!」
通信が割り込む。黒崎の低い声。「来るがいい。君が選ぶ未来を、私自身が裁定しよう」

怒りが湊を焼く。栞からのメッセージが届く。《ドローンショー第四楽章で闇をつくる。あなたの色で塗り替えて》
少年の瞳は再び炎のように灯った。

湾岸一帯は祭礼のような眩光に包まれた。ホログラム花火が空を二重三重に染め、レーザードローンが交差して巨大な“翔ぶ鳳”の軌跡を描く。〈アセスメント・デイ〉、十八歳適性評価は市民全員の脳とiEyeを一時同期し、将来の役割を決定する儀式。そのカウントダウンが始まる。

地下鉄遺構。鷺沼は量子回線を接続し額を汗で濡らした。「この爺さんに残ったバッファは一発だけ。しくじれば俺の心臓より先に世界が止まる」
塔内部。サービスダクトを這う湊と栞は無言でアイコンタクトを交わす。戒が渡したルートは迷宮のように入り組み、最終地点はタワー中央ホール。そこでは黒崎が蓮を大型ホログラムの中心に拘束し、観衆へ“反逆者”として晒していた。クラシックバージョンの国歌がスピーカーから流れ、規律と恐怖が薄布のように会場を覆う。

黒崎の声がホールを満たす。「完全な秩序こそ弱者を守る!この少年の家族は特別医療プランを得た。だが彼はそれを拒否し、無秩序の共犯者を庇った!」
観客席の上流市民は整った拍手を送る。蓮は俯き、しかしその瞳だけは会場の高所に潜む湊を捉えた。ほんの刹那、少年の顔が笑った——撃て、と。

湊は涙で滲む視界の中、非殺傷EMPグレネードのトリガを引いた。白磁の閃光が爆ぜ、ホール全体の電力が断たれる。0秒、1秒、2秒……。

「今だ!」鷺沼が地下で叫び、〈アルカディア〉がデータ洪水となってネットワークへ流れ込む。3秒、4秒、5秒……。地上モニタには検閲下で封じられた貧民区の飢餓、強制労働、医療実験の映像が次々映し出され、観衆の仮面が崩れ始める。6秒、7秒。

視界が回復したとき、ホールはざわめきと嗚咽に満ちていた。拘束を外れた蓮が湊に駆け寄り、抱き合う。栞はステージ端で黒崎と向き合い、震える指でiEyeを外した。「あなたも見て。真実はここにあるわ」
黒崎は躊躇い、そして初めて自らの補正レンズを外した。流れ込んだのは彩度を落とされた街の荒廃、泣く子供、倒れる老人、ドローンが撒く鎮静ガス。女軍装の肩が落ちる。「私は……何を守ってきた」

観客席から一人、二人とiEyeが外され、床に落ちる音が雨のように続いた。その反響は上階のバンケットルーム、さらには湾岸の巨大スクリーンへ波及し、塔の威容に蜘蛛の亀裂を生む。

夜明け前。東京湾の霧がうすく引き、東の空に黎明の薄桃色が滲んだ。タワーの影は弱まり、灰白の街に直接陽光が差し込む。第七セーフティ・ゾーンの子供が最初にiEyeを外し、濁ったレンズ越しではない世界を驚きの声で眺めた。続いて母親が、労働者が、老人が。色彩はまだ浅いが確実に存在していた。

ヘブンズ・タワー最上階、円形のガラス張り執務室。世界統合評議会議長——天童弘一は静かに窓外の混乱を見下ろしていた。背広の袖口に“秩序と護持”の徽章が光る。ドアが開き、孫である栞が進み出る。紙の本を抱えたまま、まっすぐ祖父を見据えた。
「祖父様、世界はもう管理できない渦へ入りました。でも、人は不完全だからこそ未来を選べます。AIが与える最適解は息の詰まる檻です」
弘一の白い眉がわずかに動く。「ならば証明してみせろ。混沌が人を救うと」
背中越しの声は低く、それでもどこか年老いた哀しみを帯びていた。栞は小さく頷き、書を胸に抱え退室した。廊下で湊と合流し、拳を合わせる。新しい息吹が二人の間で震えた。

地下広場では若者たち、負傷した兵士ですら階級色を失った瞳で互いを見つめ、武器を床に置いていた。黒崎雅は膝をつき、血の滲む手で顔を覆う。「私は……何を守ってきたんだ」
湊は拳を握りながら涙を零した。「秩序だ。でも俺が欲しいのは、可能性だ」
蓮が支える。「次は俺の番だ、計算外を起こすのは」

遠くでドローンショーの残骸が崩落し、破片が朝の光を反射する。子供がそれを拾い、「これは星だ」と笑った。その笑顔を見て誰かが頷き、誰かが泣き、誰かが歌い出す。名もない合唱が瓦礫と空へ溶け、空気を震わせた。

中枢AI〈ミネルヴァ〉は依然部分停止中。政府は機能喪失を喚きながら空転する。しかし一秒ごとに未来は白紙に上書きされ、その余白は人々の手に渡った。
湊は瓦礫越しに未明の塔を見上げた。「空白こそキャンバスだ。ここからが本当の物語だ」
彼の足元で破れたドローン翼が風に鳴る。新しい朝日が三十年ぶりに全ての階級を同じ色で照らした。

世界はまだ不格好だった。だが、眩しかった。