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夜霧の火垂るは空を知らない

/ 20 min read /

霧島灯弥
あらすじ
灰鉄のドーム都市の最下層で生きる少年リクは、火垂る型端末を巧みに操りながら、閉ざされた世界の片隅で日々を過ごしていた。ある日、謎めいた黒箱が示す「停止鍵」を巡る争いに巻き込まれる。義足の少女、没落した貴族の少年、そして老いた技師——それぞれに過去と秘密を抱えた者たちが、リクの運命と交錯していく。裏切りと希望が交錯する中、彼らは星空を取り戻すため、ドーム都市の支配構造に反旗を翻す。夜霧に包まれた都市で、少年たちは本当の「空」を知ることができるのか。近未来を舞台に描かれる、切なくも熱い叛逆の群像SF。
夜霧の火垂るは空を知らない
霧島灯弥

崩落した立体駐車場は、夜霧のなかで巨大な骨格標本のように佇んでいた。天井からの雨漏りが錆びた梁を打ち、雫は薄紅に染まった蒸気となって漂う。その霞を割るように、リク・アズマのはんだごての火花が小さく閃いた。
コンクリート斜路の途中に敷いたブルーシートの上には、解体されたスマートフォンの山が積まれている。ガラス片は星の粉末のように散り、基板の配線は細い血管の網を思わせる。リクは細長いピンセットでマイクロキャパシタを摘み、導電性エポキシを薄く塗布した。指先が熱で痺れ、爪の隙間に滲んだ汗が酸味を帯びて口内に広がる。それでも思考は研ぎ澄まされ、心臓は鼓動のたびに速度を上げた。
──あと一息だ。
彼はネイルほどの大きさのチップを最後の空隙に滑り込ませ、深く息を吸った。厚い人工ドームの天井越しの空気は、炭酸を抜き忘れた炭酸水のように金属臭い。それでも呼吸のたびに胸の奥が震える。掌に乗る端末が淡い緑を点滅させはじめた瞬間、背骨の奥で稲妻が弾けた。
「聞こえる?」
右耳に当てたFireflyから、少女の水晶のように澄んだ声が届く。その声は実際の温度より数度低く感じ、汗ばんだ皮膚を撫でていった。
「ノイズもラグもゼロね。合格よ、リク」
「三十四台目、ついに群れができた」
遠隔オペレータのユナ・アシモリは笑い声を含ませた溜息を漏らした。
「夜が明けるまでに祝杯をあげたいわ。未成年の乾杯はココアでね」
リクが応じるより早く、工房の外で鈍い金属音が響いた。高低差のある街路に反響し、瓦礫の隙間を伝って震動が足を舐める。
「廃駅の方角だ。無人ドローンが落ちた」
次の瞬間には工具をリュックに詰め込んでいた。濃緑の背負い袋にFireflyを滑り込ませ、長靴の紐を締め直す。彼の動きには躊躇いがない。瓦礫の端が尖った月光を受け、刃のように光った。少年は一度だけ振り返り、温かなライトが漂う工房を見た。そこは彼の避難所であり、これから戦場になる場所だった。

旧東貨物駅に近づくほど、焦げた枕木の匂いが鼻腔に刺さってくる。リクはヘッドランプを点け、砕けたプラットフォームを照らした。屋根に突き刺さった無人ドローンは、腹を裂かれた白鯨のように中身を撒き散らしている。機体側面に刻まれた行政局の紋章が、濡れた油膜のように鈍く光っていた。
瓦礫を攀じ登ると、月光に溶け込むように白い少年が膝をついていた。
カイ・シラトリ。薪を削ったように鋭い頬骨、虹彩は凍結した金属の青。手袋を着けた指で、薄膜パネルの破片に付いた埃を丁寧に払っている。
「触るな。CPSが低い。こんな空気を吸うなんて正気じゃない」
「好きで吸ってるわけじゃない」リクは肩をすくめた。「それに、ここは俺のテリトリだ」
会話はそこで断ち切られた。カイの手がドローンの腹から漆黒の直方体を引きずり出したとき、二人の距離に潜んでいた緊張が破裂した。
Fireflyが胸ポケットで震え、ユナの声が混線した。
「黒箱、エンジンルームの録画ユニットよ。データが生きてるなら行政局の罪状が丸裸になる」
リクの瞳孔が開くのと、カイが金属塊を抱えるのはほぼ同時だった。
「俺のだ」
「世界をひっくり返すネジだ。独り占めはさせない」
言葉が火花のように飛び散り、夜気を灼いた。カイの背筋が弓のようにしなり、リクの工具袋が鞭のように振り上がる。だが衝突の刹那、ユナが割って入った。
「二人とも、HORIZONに運びなさい。解析が先」
薄闇で交差する瞳に映るのは、敵意と好奇心と、まだ名前のつかない共闘の種火だった。

人工太陽が灰色のドーム天井に姿を現すと、シャドウ・タウンの金属瓦礫は一斉に金色を帯びた。工房「HORIZON」のメインフロアでは、溶接の閃光と解析機の冷却ファンが混交し、鉄とオゾンの匂いが渦を巻く。
リクが黒箱の外殻を丁寧に外し、ユナがローカルノードでディスクを複製。カイは腕組みをして背後に立ち、目の奥だけを忙しなく動かしている。
数時間後、ホログラフィックスクリーンに三重螺旋の暗号層が投影された。青い光が室内の埃を照らし、宙に浮かぶ数字列が回転する。
「設計図の断片は“ミカド・システム自己学習停止キー”。ただし解読には旧式量子鍵Q-Featherが必須」
ユナの指先が空中のタッチパネルを滑るたび、彼女の義足から微細な駆動音が漏れる。リクは椅子を蹴って立ち上がり、工具を床に落とした。
「その鍵はアーク・シティ本庁舎の地下保管庫に一基きり。持ち出しは不可能と言われてる」
「不可能を可能にするのがハッカーの仕事よ」ユナが挑発的に唇を吊り上げる。「地下保管庫へのルートは三つ。表玄関、貨物昇降機、そして蛇の道」
立体地図に浮かんだ赤い点が、迷路のような下水道と冷却管を示す。
カイが低く唸った。「停止キーを完成させても、システムを止めるのは自殺行為だ。空気浄化も発電も失われる。低階層の人間は干乾びて死ぬ」
「壊すんじゃない。選択肢を増やす」リクの声は鞘に収めた刃のように静かだった。「この街じゃ上に行くほど空気が綺麗になる。下層の俺たちが未来を選ぶ余地はゼロだ」
議論は夜通し続き、空調の風がぬるくなり始めた頃、黒革のロングコートを羽織った情報屋ジン・シラセが姿を現した。彼は片眼鏡を押し上げ、紅茶のような声で言う。
「Q-Featherを運んでやる。対価は“天然麦の種子”を地下へばら撒くこと」
種子は上層区の温室でしか認可されておらず、遺伝子管理タグが必ず添付される。密輸は高リスクだ。だがリクの眉は微動だにしない。
「種子が下層に蒔かれれば、空気浄化より先に腹を満たせる」
ユナはディスプレイから目を離さず、あっさり頷いた。カイだけが顎を引き、拳を握り込む。
数日後の夜、彼らは暗闇に潜む貨物列車“ループライン”に跳び乗った。レールの継ぎ目が生むリズムが心臓を煽る。コンテナの二重底に隠された種子パックは、ガラスの胎児のように脆く光った。
列車が廃コンビナート跡のカーブに差しかかると、Fireflyが奇妙な信号を検知した。リクは耳を澄ませた。まるで古いオルゴールが錆びた歯車で奏でる子守歌のようなマイクロ波パターン。
「寄り道する時間はない」カイが吐き捨てる。
しかしリクは跳躍し、錆びた鉄骨の迷宮へ潜り込む。ユナも続き、最後にカイが舌打ちして従った。
崩壊したコークス炉の底で、義手の老人ハシバ・ソウイチが座り込んでいた。彼の背中は煤で灰色に染まり、義手の軸受は悲鳴のような金属音を漏らす。
「Fireflyのノイズ……三十年ぶりだ」
老人はリクの端末に指先を滑らせ、黒箱の設計図を見た途端、顔が陰った。
「それは私が埋め込んだ“ラストドア”だ。開ければ理想か虚無か、選ぶのは君たちだ」
リクは何かを言いかけたが、ハシバの瞳に宿る悔恨の深さに言葉を奪われた。
「蛇の道を教えよう。タワー中枢へ続く裏回路だ」
老人の声は石を擦るように掠れていたが、その重みは鉛以上だった。カイは半歩前に出て問う。
「なぜ俺たちを信用する」
「君たちの目にはまだ空が映っていない」
その答えは遠い鐘の余韻のように残り、やがて老人は彼らの“師”として列車に乗り込んだ。

人工太陽の照度が一段階落ち、LEDの光温がアンバーに傾く。それがこの都市における“秋”の合図だった。人々は季節を忘れないため、色温度のゆらぎを「秋風」と呼ぶ。
その頃、保安局長アマギ・レイジは中央監視室でミカド・システムの異常ログを睨んでいた。識別不能な端末ID、Firefly。
「火垂るいかのような光……だが闇は灯りを欲する」
彼は監視サテライトを再配備し、通信源を追跡。同時にカイ・シラトリのプロファイルに行き着いた。
カイ──上層区出身、親はCPS95の優等市民。三年前、経営難の責任を負わされ一家ごと追放。
レイジは夜風が吼える屋上ヘリポートにカイを呼び出した。CPS90超の清浄空気が人工的なダウンドラフトとなって渦を巻く。カイは肺が震える感覚に眩暈を覚えた。
「協力しろ。システムを守れば、お前のCPSも家族も取り戻せる」
甘い囁きと凍てつく風とが入り交じり、カイの拳が震えた。リクたちと過ごした短い日々が脳裏でフラッシュバックする。汚れた空気、だがそこに混ざっていた自由の味。
答えを出せぬまま、彼は仲間の作戦を漏らした。
作戦当日。リクたちは蛇の道の入り口で保安局の待ち伏せを受けた。閃光弾が地下通路を白昼に変え、耳鳴りと共に装甲兵が降下する。
ユナはスタンガンで拘束され、Fireflyの群れは踵で踏み砕かれた。リクは銃床で腕を砕かれ、ハシバは催涙の濃霧に姿を消し、ジンは列車の闇へ逃げ込んだ。
カイはレイジの背後で立ち尽くし、リクと目が合った。
「裏切ったな」
血の味を含んだリクの声が、鉄の匂いで濁った空気を切り裂いた。カイは返す言葉を失い、自分の中に開いた暗い空洞を見つめるしかなかった。

ドームの温度が冬期設定十八度に落ちると同時に、空気は乾いた刃物のように鋭くなった。工房に戻ったリクは砕けた右腕を布とスプリントで固定し、残った左手で図面を書き殴った。
磁気インパルス銃、改造装甲車“ロバート号”、そしてFirefly再生計画。睡眠は数式の無駄項目と化し、瞳は擦りガラスの向こうで燃える石炭のように赤い。
数日後、息も絶え絶えのハシバが帰還した。義手のピストンは欠け、肩軸から黒い油が滴る。
「私は多くを壊した。だが贖罪が許されるなら……」
老人はタワー中枢の冷却管と空調軸を組み合わせた最短侵入ルートを、青焼き図面に走り書きした。
その夜、逃亡中のジンがチタン筐体のQ-Featherを抱えて現れる。天然麦の種子は依然としてリュックに眠り、真空パックの内側で乾いた音を立てた。
「対価は未来の株式だ」
「世界が潰れたら株も紙切れだ」
「紙切れでも物語になる。物語は人を生かす」
リクは黙って鍵を受け取った。彼の影が溶接の閃光に揺れ、壁面に刻まれた亀裂を猛獣の顎に見せた。
仲間達の視線は交差したが、カイの姿だけが欠けている。それは氷点下の夜に空いた窓のように、痛みを伴う隙間だった。

大晦日。タワーを彩る人工オーロラとドローン花火が市民の喚声を誘う。祝賀の光は、侵入者にとって都合のいい混乱をもたらした。
リクたちは蛇の道から地下冷却管へ潜入した。霜が壁に張り付き、金属を掴む手袋に白い粉がこびり付く。ユナは義足の油圧シリンダを微調整しながら前進し、ハシバは義手の指で管壁を叩き共鳴を確かめる。
制御室手前の熱交換層で、シャッターが跳ね上がった。レイジ率いる保安局部隊、そしてスタンランスを構えたカイ。
「ここで終わらせる。システムが壊れれば再建の余地すらなくなる!」
「未来を選ぶ権利ごと奪うのがシステムだ!」
二人は殴り合った。拳は不格好で、しかし切実だった。リクの肘がカイの腹を抉り、カイの拳がリクの頬で血を散らす。
その混沌の中、ユナは義足を外し、膝で這いながら端末に接続した。義足の超高容量バッテリーを直接Q-Featherにブリッジし、ラストドア解錠プロトコルを走らせる。
「行け、Fireflyの残骸でも信号は届く!」
ハシバが最終プロトコル“EVE”を入力した瞬間、都市全域のオーブが再起動し、CPSを示す全デジタル表示が蒸発した。
祝賀の光に満ちていたタワーは一拍遅れて漆黒に沈む。無音。無灯。心臓の鼓動だけが世界を計時する。

停電は思わぬ奇跡を連れてきた。非常電源が落ち、恒常気候ドームの天井パネルが安全解除され、二十年ぶりに夜空が開いた。
星。
かつて失われた天幕が瓦礫の街を覆い、子どもたちは屋根に登って凍える手で互いを抱き、歓声を上げた。
タワー屋上。レイジは初めて見る天の川に言葉を失い、拘束を解かれたユナは義足を失った足で立ち上がる。
「これが……私たちのノイズだ」
涙が頬を伝い、星明かりにきらめく。リクは火花の散ったFireflyの破片を握りしめ、深く息を吸った。
「世界を直す方法はわからない。でも壊れたらまた作ればいい」
カイはうつむきながら小さく笑った。
「以前のより、良いものをな」
遠くで非常灯が点り、ミカド・システムのAIが白光の中で宣言する。
“Recalibrating…”
都市はまだ暗闇の中だが、空には星々、地には希望の苗。CPSという鎖を失った空気を吸い込み、少年少女たちの新しい一年が始まる。世界はその掌に委ねられ、彼らは初めて自由な呼吸を交わした。