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灰宙に芽吹く欠片の約束

/ 33 min read /

霧島ユウリ
あらすじ
灰に覆われた終末世界。妹を救うため、青年カイは禁忌とされる結晶を盗み出す。追われる身となったカイは、誇り高き騎士リアーナ、奇抜な発明を操る天才技師ジンと出会い、空賊団の一員として運命に巻き込まれていく。結晶を巡る争奪戦は、やがて世界の再生か滅びかという選択へと発展。巨像が唸る禁域を翔け抜け、仲間たちと共に犠牲と希望の狭間で揺れるカイ。彼が最後に下す決断は、灰宙に新たな芽吹きをもたらすのか。空賊幻想譚の幕が、今上がる。
灰宙に芽吹く欠片の約束
霧島ユウリ

偏西風に乗って舞い上がる灰色の砂粒が、夜空の星をかき消すように渦を巻いていた。穢れの大地〈ブラックダスト・ベルト〉最深部。かつてこの一帯に花咲く園があったと古文書は語るが、今はただ無数の有毒粒子と錆の匂いが嗅覚を麻痺させ、風の呻きが失われた街の記憶を掘り返すだけだった。カイ・アッシュウォーカーはその風を裂くように進み、防護鎧の外殻にへばりつく砂のざらつきを無視して崩れかけた高架搬送路の下へ身を滑り込ませた。

腐食した鋼材が風に軋む。巨大な竪琴のような支柱が夜気の中で不気味な和音を奏で、その音はカイの骨を直接叩くかのように共鳴した。ヘルメット内部の暗視パネルには微弱なマナ波を示す青い脈動が浮かび上がり、自身の呼吸と同期して小さく上下している。人工肺ユニットのフィルターが悲鳴を上げ、緑色の警告インジケータが瞬き続ける。

「あと二十メートル……」カイは誰にも届かぬ声で呟き、喉奥へこびりつく苦い鉄味を嚥下した。妹ルナの体内を蝕む〈灰肺病〉の進行は薬で遅らせるのが精一杯、月ごとに跳ね上がる薬価に対して合法の供給網は軍需優先で干上がったままだ。家族を救うために合法と非合法の境界を踏み越えることへ、彼の良心はすでに答えを出していた。

崩落階段を跳び降りた瞬間、地下プラットフォーム跡が視界に広がった。黒い砂礫に半ば埋もれた祭壇状の遺構。その中心で、青白い心臓のような結晶が脈動しながら宙に浮かんでいる。空気が震え、頭蓋の奥で針が弾けるような痛みが走ると同時に――浄化触媒〈プライム・コア〉という単語が稲妻のように脳裏へ閃いた。

手を伸ばす。手袋越しに触れた刹那、結晶表面が液体めいて揺らぎ、周囲の黒砂を吸い込んで蒼い奔流を解き放った。轟音。天井の瓦礫が光を浴び、長年積もった灰の層が雪崩れるように蒸発する。凄まじいマナ変換効率。肺を満たす空気が一瞬澄んだ気がした。これを持ち帰れば、妹だけでなく世界そのものが救われるかもしれない。

だが計器の針が激しく跳ね、座標信号が勝手に発信される。胸部装甲の裏に隠していたジャミング・タグが無力化され、ヘルメットのHUDに赤い文字が滲む。

『捕捉――ギアズヘイム情報局 第九傭兵大隊』

地下空間に重機関ブースターの轟きが木霊し、複数の金属靴が砂を踏み締める足音が迫った。息が白く曇る。カイは結晶を胸当ての収納槽へ滑り込ませ、脈動がそのまま心臓を打つ感覚に必死で耐えながら暗闇を駆け出した。

通路の奥で炸光。淡い緑のゴーグルを装着した兵士たちが雪崩れ込む。その姿は人間というより冷酷な計算式の集合体。銃口が閃き、火花の雨がコンクリ壁を削る。カイは崩落テラスを蹴り上げ、錆びた軌条上を滑るように旋回した。背後で重火器が唸り、砂壁に金属花が咲く。

出口は塞がれていた。灰の渦が割れ、重火器を抱えた傭兵隊長が無機質な声を発する。「対象確保――致死は許可されず。ただし四肢の損壊は推奨」

白い閃光、鼓膜を裂く咆哮。衝撃波に吹き飛ばされ、鉄骨に肩が叩きつけられた。視界が霞む。その時、HUDに別の信号。巨大な飛行体のシルエット、そして身元不明の音声がハイパーリンクされる。

「そこの人! 伏せて!」

天井が破れ、白熱の推進炎が降り注いだ。鮮やかな白磁の紋章を描いた飛空艇が強制着陸し、舞い上がる砂塵を裂いて一本のワイヤーが射出される。その先端に立つ少女の髪は煤にまみれながらも赤金に輝き、蒼い軍用外套が夜風を孕む。

リアーナ・フォン・ソルミナラ。王国騎士の肩書を捨て、首都から単騎で飛来した貴族令嬢。その眼差しは炉で鍛えた剣の切先のように鋭く、恐怖を燃料に勇気へ昇華させる光を灯していた。

「行くよ、灰の民!」少女は叫び、ワイヤーをカイの腕へ絡め取る。瞬時に巻き上げられ、二人は宙へ舞い上がった。下方で傭兵たちの銃口が火を吐くが、飛空艇〈ルシダ〉号の装甲は雨霰の弾丸を弾き返し、甲板に取り付いた瞬間エンジンが咆哮をあげた。

ルシダ号は黒き嵐を縫って急上昇。機体の震動が骨へ伝わり、カイは吐き気を堪えて甲板へ転がり込んだ。残された傭兵たちは怒声を上げながら撤退命令を受け、カースド・ダストに霞む廃都の闇へ溶けていく。

甲板に叩きつけられたカイは荒い呼吸を整え、救助者である少女を見上げた。煌々たるコバルトの瞳、額を伝う汗、決意と焦燥が入り混じった震え。それは彼自身が纏う孤独の匂いと同じだった。

「礼はあとでいい。私はリアーナ。あなた、名前は?」

「……カイ。カイ・アッシュウォーカー」

「いいわ、カイ。あなたには守りたいものがあるのでしょう? 私も同じよ」

二つの目的が、まだ形を得ぬまま小さな炎を交わした。世界を揺るがす焔の、最初の火種だった。

深夜のルシダ号を吹き抜ける風は氷刃のごとく肌を切り裂き、露出した梁の隙間から漏れる星明かりが油膜のように甲板を照らしていた。主エンジンの低い唸りはかすれ、修理中のタービンから洩れる焦げた金属臭が緊張をさらに煽る。操舵席でリアーナは両手を操縦桿に固定し、雲海の下へ機体を潜らせる軌道を描いていた。

「追ってくるわ。ギアズヘイムの傭兵が」背後でタービン温度の警報が赤く明滅するのを横目に、彼女は呟く。

「そりゃそうだ。俺のジャミングを突破した連中だ。十数分で再捕捉だろう」カイは胸の奥で鼓動するプライム・コアの気配を感じ取りながら、外装プレートの継ぎ目で火花を散らす回路を応急溶接していた。

リアーナは意識的に視線を逸らし、代わりにカイの防護鎧に刻まれた無数の擦過痕へ目を止める。「妹さんの薬代のために命を賭ける。その覚悟は尊い。でも、それだけじゃ守りきれないものもあるのよ」

「説教か?」カイは溶接ガンを置き、油と汗で曇ったゴーグルを外す。

「違うわ。共闘の提案よ。私は王国を救いたい。あなたは妹を救いたい。どちらもプライム・コアなしには叶わない」

その瞬間、機体が激しく揺れた。雲を裂く赤い光条。鋼鉄製飛翔ゴーレムが迫り、探照灯が船腹を舐める。リアーナは舵輪を叩きつけ、艦を急降下させる。弾幕が夜空に白い軌跡を描き、破片が撒き散らす熱が甲板を焼いた。

「このままじゃ持たない!」カイが叫び、補助砲台のピトンを引き抜いて機銃席へ飛び移る。しかし照準輪は激しい振動で狂い、銃弾は雲間へ散った。甲板に設えた魔導コンバータが限界を超えて火花を散らし、エネルギー供給が遮断される。数秒後には墜落――そう思われたが、敵ゴーレムの一体が突然制御を失い、仲間艦へ突進した。

通信波にノイズ。誰かがハッキングしている。遠く離れたギアズヘイムの実験区画で、天才技師ジン・ヴォルテックは薄暗いドーム内の仮想モニタに映る戦場モデルへ指を踊らせていた。

「さあ踊れ、粗忽な鉄屑共」彼はワームを流し込み、一体、また一体と敵機を内部崩壊へ導く。爆焔と煙が夜空を染める隙をつき、リアーナは雲海へ潜航しレーダー網から姿を消した。

数時間後、自由都市同盟の外郭上空。黎明の光が雲間に滲み、ルシダ号は煙を引きながらドックへ滑り込む。甲板は散乱した破片と焦げたケーブルの山。照明の残骸が水銀色の火花を散らし、焼けた塗料の匂いにむせ返る。

「よく墜ちなかったものだ」カイは頭上の天蓋を仰ぎ息をついた。リアーナは操舵席で膝を抱え、ふいに笑う。「墜ちるわけないわ。私は王国で一番の操舵手よ」だが笑みの奥に潜む疲弊は隠せない。カイはポケットからエナジーバーを差し出した。

「糖分、取っとけ」リアーナは礼を言い、かじった瞬間に涙が滲んだ。甘味が喉へ落ちたとき、極限まで張り詰めていた神経がようやく緩んだのだ。

自由都市の鋼鉄の街並みは、夜が明けても機械仕掛けの動脈を脈打たせ続ける。三百基の交易リフトが煌めき、複数階層の空中回廊を数えきれぬ飛行艇が蜘蛛の巣のように行き交う。摩天楼の頂では金融ギルドの透明庭園が朝日を反射し、空色のフラクタルを描き出していた。

黒衣の仲介人が二人を迎えた。顔上半分を銀仮面で覆い、声は水底から響くように低く反響する。「シルヴァ・クロイツ様がお待ちだ。黄昏回廊へ」

地下へ降りる螺旋路の壁面には、利率、担保、暗殺報酬といった無数の金融データがホログラムで滝のように流れ、光の蛇が絡まり合って人の欲望を映し出す。黄昏回廊――闇市と投機場が混交する巨大な空洞。古代神殿の柱と最新鋼骨が混在し、視線の焦点が狂わされる幻想的な闇の都市。

中央の石舞台に、虎目石の仮面を戴く細身の人物が立つ。艶黒の礼装、銀鎖のブローチ。声は驚くほど柔らかだが、その言葉は冷ややかな鋼。

「ようこそ、旅人たち。私はシルヴァ・クロイツ。この都市の――いや、大陸の資金循環を司る者だ」

プライム・コアの情報を聞きつけての招待。その力の均衡を誰が握るか、都市はざわめき、仮面の下の目が欲望に潤む。シルヴァは静かに語る。「私は均衡を愛する。誰かが独占するなら市場を凍結し暗殺者を放つ。だがお前たちが正しく扱うというなら共同信託契約を結ぼう」

提示された額は妹の薬代をはるかに超える。しかしカイは金では動かない。リアーナは毅然と応じる。「王国の主権は金では売れない。所有権は三者で等分。使用目的は浄化と医療のみ」

ジンは遠隔通信で端末を傾け、冷ややかに笑う。「学術解析の自由を保障してくれれば私は協力しよう。だが商人の利益誘導はご免だ」

三者の主張は交わらず、電子契約書のインクが上書きされるたび怒号と嘲笑が交錯した。交渉は夜明けまで続き、ついにシルヴァの影武者が暗殺者に額を撃ち抜かれる事件が起こった。犯行コードに浮かんだのはギアズヘイム諜報部“無音部隊”の識別子。市場は瞬間凍結し、信用売りが通貨を切り裂き、黄昏回廊は悲鳴の渦と化す。

瓦礫の上で、カイ、リアーナ、ジン、そして仮面を外したシルヴァ本人が集まった。顔色は蒼白、しかし目は燃える。「敵はすでに自由都市中枢を買収していた。私の慢心だ。だがまだ終わらない。我々で真の契約を結び、宰相に鉄槌を下す」

交わされた握手は、灰に汚れた手と手。それでも温度は確かで、新たな火がともった。

ルシダ号は再び飛び立った。新たに施されたシルヴァ財団の補助装甲は白銀色に輝き、その上でカイとリアーナが共に立つ。目的地は地図から消えた領域――原初施設〈始まりの神殿〉。衛星観測でも霧に覆われ、長年誰も近寄れなかった禁忌の聖域だ。

甲板でカイは古びた写真を取り出す。まだ灰肺病を発症する前の妹ルナが、色褪せた花畑で笑っている。彼の唯一無二の色彩。リアーナが隣に立ち、黙ってその写真を見つめた。「神殿で得る答えが、あなたの妹を救うと信じましょう」確信ではない。だが彼女の声は、夜風のように澄んだ誓いを含んでいた。

航路の半ば、遠方に鋼の嵐が現れた。ギアズヘイム最新鋭ゴーレム艦隊。黒塗りの装甲翅が陽光を反射し、蜂群のように集結する。ジンは通信席で歯噛みし、端末へ怒涛のコードを打ち込むが、敵は新型プロトコルで鉄壁を築いている。「改良されている……!」

リアーナは舵輪を振り切り、嵐の縁に生じた乱気流の洞窟へ飛び込む。風圧が船体を軋ませ、爆炎が外板を舐める。無数のスパークがデッキクルーを吹き飛ばし、機体が悲鳴を上げる。神殿結界まであとわずかというところで、主桁が折れた。補助気嚢が炎を噴き、ルシダ号は大破した。

爆轟。乗員は緊急脱出用のパラシュートと補助翼で夜の海霧へ散る。カイはコアの脈動を感じながら落下し、どこか遠い子守唄のような旋律を聞いた――。

目を覚ますと、薄明の霧に包まれた草原に横たわっていた。湿った大地の匂いが鼻腔を満たす。遥か彼方で白い石の尖塔が霞んで揺らぎ、霧に潜む光がぼんやり反射している。そのとき、裸足の少女が足音も立てず近づいてきた。髪は銀糸、瞳は水面に映る月光。衣は風そのもののように揺れる。

「わたしはエララ。神殿の門番」澄んだ声が頭蓋に染み込む。少女はカイの胸に触れ、コアの鼓動と同期させるように淡い光を漏らした。

「触媒は選択を迫る。浄化と滅び、光と影。その代償は……あなたが愛するもの」

言葉と共にカイは幻へ落ちる。陽光に満ちた世界。穢れなき空と疾走する緑の風。ルナが駆け寄り笑う。だが遠景では都市が崩れ、死の影が人々を呑む。場面は転じ、世界が浄化され平和が訪れる光景。だがルナは影も形もない。選択の二極を突きつける夢。跳ね起きた頃、エララは遠くを見つめ呟く。「あなたの心は揺れている。でもまだ答えは奪われていない」

その頃、リアーナはギアズヘイム旗艦の冷たい独房に捕らえられていた。金属壁には霜のような冷気が漂い、薄い吐息が白く残る。面会に現れたのは父、ソルミナラ伯。灰色の軍装のまま、皺だらけの手が震えていた。

「王国は破綻寸前だ。宰相との同盟こそ民を救う道」

「それは服従よ! 騎士の誇りを忘れたの?」リアーナの叫びは鉄壁に阻まれ虚しく反響する。

伯爵は震える手で密約文書に署名し、娘の解放を求めるが、看守は冷笑し彼女を連れ戻した。父の背が小さく崩れ落ちる。リアーナは拳を握り、無音で泣いた。

ジンは研究棟の檻で金属の足枷に繋がれ、オーバーハーベスター完成の最終通告を突き付けられていた。だが彼の目は異様な輝きを放つ。神殿で見た幻――巨大な魔法陣の逆位相回路を頭に描き、兵器を浄化装置へ転用するプログラムを企図する。

「兵器を治癒へ……リスクは命。でも価値は無限大だ」彼は静かに笑った。

始まりの神殿――霧の海に浮かぶ白石の大陸。天に突き立つ無数の柱が波紋状のマナを放出し、空の色が虹彩のように揺らめく。その外周にギアズヘイムと盟約を結んだ連合王国艦隊が黒い影を連ねた。宰相グレイウォールは旗艦の艦首で外套を翻し、神殿を睨む瞳に蛇の冷笑を漂わせた。

「進軍。プライム・コアを心臓部へ収め、浄化の名の下に大陸を征する」

艦砲が一斉に咆哮。結界が震え、空間が軋む音が大気を切り裂く。瞬間、神殿外周の石像に亀裂が走り、崩落した破片が血のようなマナを撒く。胎動する怨嗟が夜気を揺らし、巨像が立ち上がる。高さ百メートル、蒼黒い岩肉の塊。カースド・ダストが凝り固まり、生者の悲鳴を糧に産声を上げた〈憤怒の巨像〉。

巨像の咆哮とともに艦列が沈む。触れた船はマナを吸われ干からび、乗員は灰へ崩れた。艦内で混乱が広がる中、リアーナは看守を殴り倒し独房から脱出。瓦礫と炎の通路を走り抜け、父のいるブリッジへ向かう。

伯爵は崩れ落ちる梁の下で将兵を救おうとしていたが、巨像の光線が艦橋を貫き、粉塵が視界を奪う。リアーナは父を突き飛ばし盾となった。瓦礫の破片が父の胸を穿つ。血が滲み、伯爵は娘の手を握った。

「リアーナ……おまえの信じる道を……歩め」

その手が力を失い落ちると、世界が静止したように思えた。だが次の瞬間、怒号と爆炎が耳を裂き、リアーナは嗚咽を噛み殺して騎士徽章を握り締めた。「必ず終わらせる。父上の魂に誓って」彼女は一人、脱出艇で神殿へ向かう。

一方、神殿地下。ジンはオーバーハーベスターの制御核へ潜り込む。霧のようなマナプールの中心でプライム・コアが青白く脈動し、兵器の鼓動を駆動していた。彼はコードを流し込み、エネルギー循環を逆転させる。

背後で拍手。「やはり裏切ったな」グレイウォールが銃を構える。ジンは振り向き笑う。「あなたほどの合理主義なら私の反逆も計算済みだろう」

「計算外はお前の命の価値だ」銃声。弾丸が肩を抉り、血が虹色の霧となる。ジンはモニタへ手を伸ばし、自身の生命波をコアへリンクさせた。「計算外の奇跡を見せてやる……!」

起動キーを掌で叩く。光が弾け、ジンの肉体は粒子となりコアへ吸い込まれた。端末に残った最後のログには、彼の声が刻まれる。

『世界が一度死んでも、科学は再生を選ぶ』

オーバーハーベスターは浄化モードへ転換、洪水のようなマナが逆流し神殿中枢へ光柱を放った。巨像が苦悶し、大気が振動する中、リアーナの脱出艇が崩れゆく柱の間を縫って上昇した。

神殿最上層。天井のない空間に星が流れ落ち、床面では白金の魔法陣が鼓動している。中心の台座に二つの紋章――〈再生〉と〈消滅〉が刻まれ、淡く浮かぶ光が霧を切り裂く。カイとリアーナは対峙した。風のように現れたエララが静かに告げる。

「二つの心が同じ願いを抱けば、再生紋章は刻印され、触媒は消滅する。残るのはわずかな欠片。その代わり、世界は緩やかに癒えるだろう」

リアーナは剣を鞘ごと台座に立てた。「私は王国を救いたい。でも――」彼女は震える拳を胸に。「あなたの妹を救うことが、世界を救う第一歩だと信じている。だから……」

カイは目を閉じ、ルナの笑顔を思い浮かべた。触媒を使えば妹は今すぐ救える。だがその力は争いの種になる。ジンの犠牲、リアーナの父の血、エララの導き。すべてが彼に問いを突きつける。拳を握り、ゆっくり開いた。

「……信じる。俺たちの未来を」

二人の掌が重なり、再生紋章へ触れた。閃光が炸裂し、地平線が反転する白。空に裂け目が走り、巨像は崩れ去り、カースド・ダストは霧となって風へ舞った。オーバーハーベスターの外殻は花弁のように剥がれ、純粋なマナ結晶の塔だけが残る。

光が収束すると、プライム・コアは跡形もなく消えていた。カイの手のひらには小指の先ほどの碧色の欠片が残り、微かな鼓動を刻む。それは奇跡の名残。

リアーナは膝をつき、亡父の徽章を胸に押し当てた。「終わったの……?」

エララは微笑み、身体が霧へ溶け出す。「始まったのだよ」声だけを残して風に散った。

一年後。かつての穢れの大地には緑の芽が点在し、雨は酸ではなく瑞々しい水をもたらし、子どもたちが泥の中で笑う。再建庁の旗が翻り、世界は遅くとも確かな歩みで前へ進んでいた。

ギアズヘイムでは宰相の亡命が報じられ、暫定評議会が産業を民間へ解放。ソルミナラ王国は立憲君主制へ移行し、リアーナは議会騎士団長として改革を先導する。自由都市同盟は浄化後の資源バブルで活況を呈し、シルヴァ・クロイツは新たな均衡を仮面の下で見守る。

草の香りと機械油が混じる小さな集落の診療所。カイはルナの手を握る。少女の頬には赤みが戻り、咳は遥かに軽い。医師は首を傾げる。「正式な治療法はまだ確立していないのに……君たち、奇跡を持っているのかい?」

カイは掌の欠片をかざす。淡い光が宙できらめき、灰色の空気を澄ませた。ルナは笑い、ベッドから身を起こす。「お兄ちゃん、旅は続くんだよね」

「ああ。世界にはまだ治らない人も傷ついた場所もある。俺たちの奇跡で少しでも救えるなら――」

そのとき、北方氷海で銀髪の少女が氷壁を歩いていたという風の便りが届く。カイは窓の外へ目を向け、穏やかに微笑んだ。「エララか……あの子も旅をしているらしい」

ルナが靴を履き、戸口へ向かう。「じゃあ追いかけよう! だって私たちの物語は、まだ途中でしょ?」

兄妹は手を取り合い、扉を開け放つ。外では澄んだ風が草を揺らし、遠くで新しい飛空艇のエンジン音が力強く響いていた。かつて廃墟で見上げた空は、今や無限の青を取り戻しつつある。

世界は再び利害と欲望に揺れ動くだろう。けれど絶望の象徴だった大地には確かな芽吹きがあり、人々はその緑を守ろうと手を伸ばす。物語は終わらない。歩みを止めぬ者たちの上に、いつだって新たな章が開かれる。

カイはルナと共に一歩を踏み出した。風吹く彼方、まだ見ぬ光景へ――。