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黎明に哭く門

/ 30 min read /

霧島遥斗
あらすじ
未明の駅爆破事件で234人が命を落とした。事件の背後には、国家と巨大資本が癒着する深い闇が広がっていた。老刑事は正義を貫くため、夫を失った妻は真実を求め、亡命した天才技術者は過去と向き合い、執念の記者は隠された事実を暴こうとし、若きサイバー刑事は新たな手法で事件に挑む。五人の意志が交錯し、都市と世界の電力網を揺るがす陰謀に立ち向かう。疾走する憤怒と祈りが、黎明の未来を選び取る鍵となる。電脳サスペンスの巨編が、今、幕を開ける。
黎明に哭く門
霧島遥斗

暗闇に沈む新港中央駅のコンコースは、午前三時二十八分を指す白い電光掲示板の下で微かに脈動する蛍光灯を抱き込み、まるで海底に沈んだ巨大遺跡のように静かだった。深夜清掃員が押し引きするポリッシャーのモーター音が、眠った街の心拍を代理で刻む。駅外の湾岸から吹き込む潮風は、僅かな金属臭とともにホームの奥でくぐもった咆哮に変わり、時折、長いタイル張りの壁を震わせた。
神代創はその夜、珍しく早く床についたはずだった。ところが短い夢の底で聞こえた不可解な鳴動と、見慣れた番号からの緊急コールが老刑事を叩き起こした。二十四時間で最も冷たくなる時間帯に彼は現場へ急行し、同僚たちの制止を振り切って封鎖線の内側へ足を踏み入れた。
爆発は、轟音より前に稲妻に似た白熱の咆哮で駅の空気を引き裂き、衝撃波はコンクリートの梁を歪め、ガラスは水滴のように霧散した。神代がプラットフォームに到着した時、そこには見慣れた構造物の原型がなかった。床面は赤銅色に焼け、支柱はなすすべなく折れ、天井から外れた鉄骨が人形の糸のように垂れ下がっている。目を覆いたくなるほど膨れあがった亡骸が重油のような影を落とし、焦げ付いた鞄や折れた眼鏡が火照った地面に散乱していた。
「死者二百三十四、行方不明五十七、重軽傷五百七十」
副署長の声は過剰な静けさにおののき、まるで体験したばかりの悪夢を口頭で反芻しているようだった。だが厚い防火ジャケットの肩から伝わる震えは、語られた数字よりもずっと現実的な恐怖を物語っていた。
神代の視線は爆心地から十メートルの中央柱に吸い寄せられた。そこで彼は“煤の逆向き付着”を見つける。柱の内側から外へ向けて吹き付けた痕、つまり外部ではなく内部から炸裂した証拠。事故ではなく、意図的な起爆しかありえない配置だ。
地面にはイカロスと呼ばれる次世代超急速充電ポッドの筐体が無残な塊となって転がっている。熱によって内部配線は無数の銅線の毛玉に変わり、メッキされたパネルは薄氷のように剥落していた。その裏に挟まる小指ほどのコンデンサ片を、神代は焦げが剝がれ落ちる瞬間まで凝視し、ピンセットで慎重につまみあげた。封緘シールの半分は無傷で、生産ライン管理用のQRが読み取れる。神代は長年の捜査経験から、そのシリアルが「市場には流通しない試作ロット」であることを即座に悟った。誰かが機体に後付けしたのだ。
夜明けを待たずに招集された対策会議室では、厚さ五センチのガラス越しに海が微かに明るみ始めていた。だが上層部の目には朝陽よりも「国益」の二文字が濁った光を放っていた。「充電暴走による単純事故として処理せよ。経済を止めるな」——背広の集団は震えるコーヒーをすすりながら言い募る。
神代の内側で何かが軋んだ。六十歳を過ぎ、定年再雇用の嘱託刑事として日々を無難にやり過ごすはずだった自分の中に、かつて新人捜査官だった頃と同じ生々しい怒りが燃え上がるのを感じる。
「二百三十四人が死んだんだぞ」
その呟きは誰の耳にも届かなかった。老刑事は書類を投げ捨てるように鞄へ押し込み、破片袋を胸に抱え直して会議室を後にした。廉価な蛍光灯の光が廊下で滲み、彼の影を長く歪める。携帯端末の個人用暗号メモに一行が刻まれた。
〈内側起爆。犯人、意図あり。必ず暴く〉
その文字列を見下ろす瞳に映る閃光は、駅に残った焦土の赤と寸分違わない色合いだった。

同じ朝陽が帝都の摩天楼群をガラスの刃のように照らし、ヘブンズ・ゲート社本社ビルの屋上ヘリポートはテレビ局のローター音で震えていた。空は初夏特有の霞がかり、遠く富士の稜線さえ乳白色に埋もれている。その中心で黒木怜CEOは、漆黒の喪服を完璧に着こなし、胸元に差された白い蘭が逆光で青白く光る。報道陣のフラッシュが乱射されるたび、彼の涙を含んだ睫毛が宝石のように瞬き、カメラマンたちは競ってシャッターを切った。
「今回の惨劇の責任は、すべて私にあります……」
記者たちのマイクが風のように揺れ、世界百ヵ国以上の衛星回線がリアルタイムでその言葉を拡散する。黒木の声は狙いすました嗄れを帯び、四十五秒ピッタリで感情の堤防が崩れる。これ以上でも以下でも泣いてはならない——PR会社が用意した台本通りの涙腺崩壊だった。
だが次の瞬間、彼は毅然と顔を上げ、イカロスⅡを半年後に無償提供すると宣言した。会場はざわめき、株式市場は開場前にもかかわらず電子取引の気配だけで高騰し、数分で時価総額は史上最高値を更新した。悲劇に慈善を重ねることで企業価値を吊り上げる、その錬金術に誰もが陶酔し、真実は眩暈の奥へ沈んでいった。
経産省産業機械局の篠田室長は官邸地下のブリーフィング室でモニター越しに汗を拭った。責任逃れの電波ジャックは成功だ。警視庁には早々に捜査縮小要請を出し、政治家たちは各省庁のメンツゲームに興じ始める。だが会見場後方の陰で、黒木が一瞬だけ視線を送った相手を見逃さなかった者がいる。
グローバル・アイ誌東京特派員、水原沙耶。カーキ色のスーツにホルダーストラップを組み合わせ、ショートカットの黒髪が風で跳ねる。彼女の視界の端に、灰色のスーツを着た白髪の老紳士が映った。DARPA顧問として知られるその男は、冷戦期の兵器ビジネスの亡霊と噂され、日本のメディアではほとんど表面化しない存在だ。男は黒木へ、軍隊式の無言の敬礼を返す。そのわずかな仕草は稲妻より速く、しかし沙耶の記憶に焼きついた。
「偶然……じゃない」
帰社途中のタクシーで彼女は呟いた。ラップトップを膝に開き、ドローン映像を逆再生で解析する。黒木の車列に赤外線シールドを備えた装甲車が紛れていることを突き止めたとき、背筋を冷たいものが走った。国家どころか多国籍軍事企業さえ絡む規模。爆発は偶発事故ではない。東京湾岸は米中テクノロジー覇権の新たな戦場に変貌していた。
編集長は「命が惜しければ深入りするな」と忠告したが、沙耶は出入り口の自動扉を蹴るように押し開け、単独調査を宣言した。高層ビル街の谷間を吹く風は思いのほか冷たく、昔シリコンバレーで聞いた格言が胸を突く——“追う者はいずれ追われる”。それでも彼女は記者証を握る指先に力を込め、遠く海の匂いを孕んだ朝陽をにらみ返した。

京都・嵐山。渡月橋の下を流れる保津川の水面には朝焼けが揺れていたが、古い町家の二階に閉じこもる結城圭吾は二日間、その光が変化する様子を知らなかった。歯を磨く時間すら削り、遮光カーテンの裏で複数台のホログラフィックディスプレイを並べ、フレームデータ解析に没頭している。
「あの日、俺が埋め込んだのは安全装置の裏口だった……」
彼はかつてヘブンズ・ゲート研究部門に所属し、イカロスの基幹ファームウェアに“プロメテウス・キー”と呼ばれる緊急停止ルーチンを仕込んでいた。だが新港中央駅爆発後に公開された焼損ログは、そのキーが反転し、むしろ過充電を誘発するトリガーへ書き換えられていることを示していた。ファイルのタイムスタンプには社内でも限られた者しかアクセスできない署名が残っている。
「黒木……」
喉の奥から洩れた声は、後悔と殺意が混ざり合い、まるで魑魅魍魎の鳴き声だった。ハイカロリーエナジードリンクの空き缶を床に蹴飛ばし、彼は自らの指を噛み、鉄の味を舌で確認した。部屋の壁紙には研究室時代の写真が貼られ、そこには若き日の黒木怜と肩を組む自分が笑っている。耐え難い自己嫌悪が胸を灼いた。
結城は地下フォーラム〈ケルベロス〉へログインする。ハンドルネーム“オーフィス”。スレッドを立てる。
『ヘブンズ・ゲート制御クラウド“エデン”にゼロデイ攻撃を仕掛ける同志募集。目的:全機強制停止』
数分で百を超える暗号レスがつき、世界各国のクラッカーが舌なめずりを始める。だがその同じネットの闇を、公安サイバー局の若き刑事、三上優斗がモニタリングしていた。
東京・霞が関。薄暗いサーバールームに陳列されたラックは、青白いLEDの光を無数の眼球のように瞬かせている。三上はハイバックチェアに深く腰を沈め、データフローを指で追った。
「オーフィス……」
フルスクリーンに展開した符号列に、見覚えのある暗号化アルゴリズムを掴む。大卒時代に参加した競技CTFで、自分を破った同窓——結城圭吾の癖そのものだった。
数時間後、京都駅前の喫茶店。冬木立が窓越しに影を落とし、古いレコードのジャズが流れる。三上は泡立ちの甘いラテを弄びながら言った。
「正義感で国家機密に触れるな。潰されるのは君だ」
向かいのテーブルで結城は赤く充血した目を細め、しかし瞳の奥は子供のように澄んでいた。
「それでも俺は見たんだ。燃え上がる人影を。止めなきゃ、生きている意味がない」
三上は老刑事・神代創の執念を想起し、内ポケットから暗号化USBとPGP鍵を取り出す。「協力しよう。ただし生き残る算段も立てる」——二人が握手すると、冷えた指先が火花を散らす刃物のように鋭かった。

春雨に煙る新港中央駅跡地。崩れた高架の断面は褐色に錆び、雨滴が溶接痕を洗い流している。被害者遺族の宮下梓は、こぶりな藤色の傘を差し、瓦礫の隙間へ白い花束をそっと横たえた。雨粒が花弁を滑り、切り口から甘い香りが立ち上る。
彼女のスマホには夫が残した最後の二十四秒の動画が保存されている。爆発直前、黒いフードの人物が駅壁に銀色の矩形を貼り付け、闇へ紛れる瞬間——フレームの端で夫の笑い声が途切れる。梓は何百回も再生し、止めるたびに石のような沈黙が心を支配した。
警察は解析不能の一言でファイルを閉じ、ヘブンズ・ゲートは示談金を提示してきた。額面は生活を保障するには充分だったが、金銭では死の理由を弔えない。
梓は覚悟を決め、SNSへ動画を公開した。サーバにアップロードされてから三時間で再生数は百万を突破し、ハッシュタグ〈真実はどこへ〉がトレンドの頂点に躍り出た。街頭ビジョンは動画を繰り返し流し、花壇には見知らぬ人々が千羽鶴を結びつける。群衆の祈りは雨のように静かで、しかし確実に世論を削った。
数日後。都内の小さな喫茶店、壁には煤けたSLの写真が飾られている。梓はカップの湯気に目を伏せていた。そこへ現れた神代創は深く頭を下げ、椅子に座る前に言った。
「あなたの動画がなければ、私は闇の中を探り続けたでしょう。本当に感謝しています」
梓は首を振り、涙を袖で拭いながら答えた。「私が欲しいのは感謝じゃありません。夫を殺した『理由』です」
神代は黙って封印袋から焦げたコンデンサ片を机に置く。
「これが始まりだ。終わりは、必ず見つける」
梓はその欠片を両手で包み込み、熱の残らない金属に頬を寄せた。彼女の悲しみは形を変え、冷たい決意として凝固した。

霞ヶ関高層棟の夜景は、幾千ものLEDがバベルの塔のように空へ伸びる。篠田室長はオフィスでネクタイを緩め、スマホへ怒鳴った。
「次はない! 世論が揺れ戻せば共倒れだ、わかっているのか」
受話器越しに低い笑い声が刺さるように返ってくる。
「国家など百年後には存在しませんよ、篠田さん。残るのは資本と演算力だけです」
机上の書類の山を睨みつけていると、受話口からコツコツと何かが転がる音がした——錠剤の瓶だ。黒木は篠田の娘が服用する希少疾患治療薬のサプライチェーンを投資ファンド傘下に組み込んでいる。取引停止はすなわち娘の生命線を断つことを意味する。
電子音とともに通話は切れ、篠田の背筋を汗が這う。背後の窓から見える国会議事堂のライトアップが、冥界の灯に見えた。
同じ夜、黒木は本社地下ラボで量子グリッドシミュレータを立ち上げていた。ホログラムの都市模型が空中に浮かび、電力線が赤い血管のように輝く。全国三十万台のイカロスⅡを一斉に過充電させ従来電力網を遮断、自社グリッドへ誘導し初期供給を無償化する——人々は新しい「神」に跪くはずだ。
彼は十三歳の夜を思い出す。山岳集落を焼き払う炎、焦げた木の匂い、絶叫を吸い込む闇。その中で無傷の自分だけが立っていた記憶。旧い秩序を滅ぼしてこそ新世界は胎動する——その信仰が今や帝都の中心で脈動していた。

初夏の深夜、港区の廃倉庫。天井の穴から満月の光が斑に差し込み、雨漏りの音が金属ドラムを打つ。神代、三上、結城、水原、梓の五人は、埃を被った会議テーブルを中心に円陣を組んだ。
プロジェクタに映し出された情報は三層のピラミッドを成し、攻撃・防御・真実の三頂点が複雑に絡み合う。
1)梓の動画をAIエッジ強調した結果、フードの男の歩容は元SAS傭兵クライヴ高柳と一致。
2)結城と三上は三日三晩でクラウド“エデン”への侵入路を開拓し、イカロスⅡ全機を支配する攻撃用ファームを奪取。しかし復号キーは黒木が常時携帯する生体認証トークンのみ。
3)水原は米国FBI未公開ファイルから、黒木の「空白期間」を入手。閉鎖集落全焼事件の唯一の生存者として笑う少年のモノクロ写真。
倉庫内の空気は濃密なオゾンのように重く、神代は深い皺の刻まれた額に汗を滲ませた。
「我々に共通の動機は一つ——あの男を止める」
テーブル中央に五人の手が重なる。古びた木箱に収められた白菊の花が、月光に淡く輝いていた。罪を運ぶ者にも祈りを——それが、この戦いに残された最後の人間性だった。

半年後、人工島・夢洲メガドーム。鉄骨アーチの天井は百万ルーメンの照明で星屑の海となり、十万人の観衆が渦を巻いていた。ステージには金色のホログラム文字“New Dawn”。黒木怜は白いケープコートを翻し、天幕を焦がすようなスポットを浴びる。
「旧き世界へ弔いを——」
午前零時一分前、彼はカウントダウンを宣言した。高空には数百機のドローンが列を成し、光の天使像を描きながら降下してくる。観客は歓声と共にスマホを掲げ、SNSは祝祭と狂乱を同時中継した。
バックヤードでは神代たちの作戦が進行していた。梓は花束贈呈役に偽装しステージ袖へ。三上は観客席上空へ放った無人ビーコンでジャミングを開始、結城は地下サーバールームへ忍び込み攻撃ファームを書き換える。
だがクライヴ高柳が梓の襟首を掴んだ。
「花は舞台裏で枯らせ」
鋼のような握力。梓の端末が床を滑り、遠隔リンクが切断。さらに観客席上部に未知の電波が走り、三上のジャミングが逆探知される。残り十秒。
地下通路のモニターに赤い警告が乱舞し、結城は目の前が暗くなるのを感じた。「物理破壊しか、もう……」
バックパックから取り出したのは、十年前に彼自身が設計した無指向性EMP装置とプラスチック爆薬。
「俺が——」
「いや、私が行く」
神代が装置を奪い、血の滲む肩を押さえながら走り去った。

地下制御室。サーバラックのファンが熱風を吐き、床は振動で脈打つ。中央に立つ高柳がナイフを舐めるように構え、神代を嘲笑う。
「老人が英雄を気取るには遅すぎる」
ナイフが閃き、神代の肩を裂く。だが老刑事の拳は数十年の逮捕術で鍛えられていた。骨と骨がぶつかり合う鈍い音、鉄臭い血が床へ散る。
遮断室の鉛扉を背に、高柳がスイッチを押そうとした瞬間、神代は飛び込み、二人の体がもつれ合うまま扉の中へ転がり込む。厚い扉が自動で閉まり、外界と隔絶された密室。
「正義なんてどこにもないさ。でも……人を守る、それだけは俺の仕事だ」
神代はEMP装置の起動スイッチを握り、高柳の目を見据えた。
「眠れ、悪夢ごと」
次の瞬間、青白い閃光が炸裂し、鉛室は花火のように発光して沈黙した。
ドーム全体の照明が次々に落ち、観客は闇に包まれる。カウントダウンの「0」が虚しく残響し、イカロスⅡは沈黙したまま。人々の喧騒は恐怖の真空へ吸い込まれた。
焦土のステージで黒木は狂笑した。「恐怖なくして人は進化しない!」
だが背後のスクリーンが明滅し、神代が数時間前に残した遺言動画が映る。
欠陥を意図的に組み込む工場ラインで、自らボルトを外す黒木の姿。
〈——私は刑事として、あなたを許さない〉
SNSは秒速で炎上し、篠田は検察に逮捕状を請求され、SAT部隊が黒木を取り囲む。激しい怒号とフラッシュの雨の中、黒木怜は初めて真の沈黙に包まれた。

それから一年。
春を告げる風がビル街を抜け、書店では厚さ五百ページのノンフィクション『イカロスの檻』が平積みされている。著者・水原沙耶。帯には「神の門を暴いた女」。献辞はこうだ——〈神代創刑事に。あなたの灯した炎が闇を裂いた〉。
新港中央駅跡地では、宮下梓が再建委員のヘルメットを掲げ、白木とステンレスで組まれた慰霊花壇に水を打つ。彼女の動きは確かで、悲しみを抱きながらも未来へ向かう足取りだった。
結城圭吾の行方は公的には不明。だが地中海沿岸の難民キャンプには折りたたみ式ソーラーパネルが並び、その基盤には小さく“O”の刻印があると噂される。
篠田は政界から姿を消した。ヘブンズ・ゲート社は国有化され、黒木は未決勾留のまま裁判を待つが、北米とアジアの投資ファンドは量子グリッド構想の再起動を画策し、世界は依然テクノロジーの闇を抱えて揺れている。
夜明け前の湾岸。朽ちた旧発電所の屋上にフード姿の若者が立つ。潮風が破れたフェンスを鳴らし、遠く再建途中の新港中央駅のクレーンが照明を浴びて光る。
若者はノートPCを開き、薄紫色の液晶に映る海を背に低く呟く。
「神代さん、まだ終わっちゃいませんよ」
画面には緑の文字が走り続ける。
EDEN_REDIVIVUS
Enterキーが叩かれ、旧世界の亡霊と新世界の夢想がぶつかり合う微かな音が夜明けの波間へ溶けた。
空は朱を孕みながら白み始める。だがその黎明が希望か、あるいは新たな災厄か——答えを知る者はまだ、誰もいない。