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灰色都市の呼吸と暁の義眼

/ 29 min read /

霧島ユウリ
あらすじ
監視ドローンが空を覆い、すべてが数値で管理される湾岸都市・新京。スラムに生きるハッカー少年ユキトは、病に倒れた祖父を救うため、絶対不可侵とされる〈ライフスコア〉の改竄に挑む。だが、その行為は都市の秩序を揺るがす危険な賭けだった。運命的に出会った上層階の令嬢レイナは、義眼に秘めた特別な力を持ち、ユキトに手を差し伸べる。二人は互いの傷と希望を抱えながら、監視社会の闇に立ち向かう。数値に縛られた街が揺らぎ、夜明けが血の色に染まるとき、彼らは本当の自由を手にできるのか。近未来ディストピアを舞台に、少年と少女の反逆と再生の物語が始まる。
灰色都市の呼吸と暁の義眼
霧島ユウリ

湾岸超高密度都市・新京の夜明けは、まず音から訪れる。大小数千の監視ドローンが夜間警戒モードを解き、ローターの回転数をわずかに緩める瞬間、潮騒と金属摩擦と電子ノイズが幾層にも重なった灰色のうねりとなって街を包む。遠く洋上の波止場でクレーンがコンテナを揺らすゴウッという低音が、高層区画のガラス壁に反射し、薄雲を薄く震わせながら人々の鼓膜へ降り注ぐ。
その音の膜を貫いて、海から吹き寄せる塩気に満ちた風が狭い路地の間を走り抜けると、スラムの錆びたトタンが乾いた悲鳴をあげて軋む。夜行性のネオ・カモメが舞い上がり、廃熱を纏ったドローンの残像に紛れて空に散る。街全体がまるで巨大な肺のように収縮し、排気と情報と欲望を吐き出しては吸い込み、再び鼓動を始める――それが新京の「呼吸」だ。

瀬谷ユキトが目覚めたのは、呼吸のリズムが朝のパターンへ切り替わったわずか五分後だった。鉄骨むき出しの集合舎〈第三湾岸棟七〉の八階、天井の穴から冬の風が唸り込み、裸電線が揺れて火花を散らす。ユキトが寝床にしている薄いマットレスは、夜の間に体温と埃と湿気を吸い込み、背を起こした瞬間パリパリと不快な音を立てた。
隣では祖父の源次が肺をえぐるような咳を繰り返している。片胸が大きく沈み込むたび、年季の入った義眼がわずかにずれて焦点を失い、息苦しさに眉をしかめる姿がユキトの胸を締め付けた。窓枠の外、薄明に浮かぶホログラム広告がピンク色の光を部屋に流し込むたび、その咳の重さが際立つ。

「じいちゃん、深く息を吸って。ほら――ゆっくり」
そう言いながらユキトは工具箱を開き、闇市で手に入れた旧式水銀計のキャップを外した。わずかに残った銀の雫をピンセットで摘まみ、義眼のレンズと視神経接続部の隙間へ滑り込ませる。温度差で水銀がじわりと広がり、祖父が苦痛に顔を歪めるより早く、ユキトは自作のマイクロセンサーを義眼の奥へ挿入した。
視界に青白いホログラムインターフェースが立ち上がり、〈ライフスコア〉の改竄用コマンドが並ぶ。源次の実スコアは四十八。医薬品配給を受けるには五十が必要。たった二ポイント、されど人命を分ける残酷な閾値。ユキトは呼吸を止め、震える指で数列を上書きした。
完了の合図が表示されると同時に、窓の外に朝日が差し込む。海上プラットフォーム群の外縁が燃えるような橙に染まり、光が波紋を描きながらスラムの最上階まで届いてくる。

「源じいちゃん、薬を取ってくる。戻るまで寝てて」
祖父は声にならない声で「気ィつけな」と呟き、喉の奥で咳を嚥み込む。ユキトはジャケットの内側、裂けた裏地へ縫い付けたコンデンサのポケットに細工工具と偽装IDチップを滑り込ませ、金属製の階段を駆け下りた。靴底が鉄板を滑る音が、隣室の住人のうめきと混ざり、下方の薄暗い廊下で不気味な残響を生んだ。

フリンジとアークを隔てる〈イプシロン・ゲート〉は、まだ朝六時というのに長蛇の列だった。高さ八メートルの装甲門は、要塞のような質量で通路を塞ぎ、その前にはライフスコア七十以上の労働者と三十台の検査タレット、武装警備員が整然と配置されている。列の最後尾に並ぶユキトの肩を、吐く息が蒸気となって白く包む。
偽装IDの残存耐用は四十八分。カウンタが減り続ける中で、ドローンのサーチライトが列をなぞり、足元の認証プレートが青く発光する。ユキトは排気管の匂いに混ざった甘い香水の気配を嗅ぎ取った瞬間、背中に軽い衝撃を受けた。
振り返れば、黒檀色の髪をツインブレイドに結った少女がよろけている。頬に貼られたバイタルセンサーの表示は八十九。肌は街灯の明かりを弾くほど滑らかで、指には真珠光沢の義爪。
「どこ見て歩いてるのよ」
高く澄んだ声は、冷気より鋭く耳を刺した。
ユキトは反射的に言い返す。「こっちの台詞だ。お嬢様は舗装された専用レーンでしか歩かないんだろ?」
二人の視線が交差する。まるで発火点を探る火花のように、互いの内部ログが瞬間的に暴かれる。少女は眉根をわずかに吊り上げ、次の瞬間にはもう無関心を装うように顔を背けた。袖口から覗くのはオムニ社特別通行許可証──上級階層の証。
しみ出す劣等感を飲み込むように、ユキトは舌打ちしつつ列へ戻る。
──その少女の名がレイナと知らされるのは、まだ数時間先のことだ。

検問を過ぎ、アーク側医療配給所に潜入したユキトは、手の届かない世界の匂いにめまいを覚えた。白亜のロビー、鏡面仕上げの床、空調が吐き出す冷気は塩気一つ無く、光すら滅菌されているかのようだった。受付ホログラムが「おはようございます、瀬谷ユキト様」と完璧な発音で告げ、偽装IDの反応を鮮やかに歓迎する。
薬剤ロッカーから咳止めカートリッジを三本、素早くジャケットへ隠し込んだ瞬間、不気味な静寂が背筋を舐めた。振り返れば、黒曜石のようなレンズをもつ自律警備ドローンが滑るように接近している。わずかな曇り、角度的に死角に入りきれていない。ユキトは秒読みを開始。
七十秒後に警備プロトコルBが発動する。彼はロビーを出ようとしたが、吹き抜けの通路で、再び先ほどの少女と遭遇した。
レイナはタブレットを握りしめ、受付の係員と激しい口論を繰り広げていた。ホログラム画面には「行方不明者データベース 該当なし」の文字。検索名は「マヤ・アルフェイド」。
「あの子の記録が消えるはずないわ、検索をやり直して!」
焦りに震える声。上流の人間にとっては珍しいほどむき出しの切迫感だった。ユキトの胸に、不意に共振する痛みが走る。

「また会ったわね、スラムボーイ」
レイナが気づき、皮肉めいた微笑を投げる。
「こっちは時間がない。退いてくれ」
ユキトがすれ違いざま肩を交わす。しかしその瞬間、レイナの腕端末が警告音を発した。ジャケットのポケットに忍ばせた薬剤チューブがセンサーに触れたのだ。
咄嗟にユキトはレイナの細い肩を抱き寄せ、背中でドローンの視線を遮る。耳元で少女の息が跳ね、ユキトの鼓動が相対する。静電気が肌の上で踊るような沈黙。数秒後、ドローンは何事もなく通過し、警戒光が遠ざかった。
ユキトは無言で腕を解き、レイナは赤くなった頬を隠すように髪をかき上げた。互いに言葉を探しあぐね、結局背を向けて歩き出す。フロアの照明が冷たく二人の影を引き伸ばした。
一歩目の選択が、未来全体の重さを変えてしまうとは、その時まだ誰も知らない。

夕暮れのフリンジ地区は昼の熱気を失い、鉄粉とオゾンと血の匂いが混ざった重い空気に浸される。高架貨物レーンの上を走る無人輸送列車がガタンと音を立てるたび、真紅の錆粉が舞い、街路灯の光に粒子がキラキラと浮かんだ。
闇市〈カオス・バザール〉。曲がりくねるアーチに壊れかけたネオンが点滅し、肉と機械と情報が値札も倫理も超えて取引される場所。電子オルガンのノイズが流れる中央通路を潜り抜けるユキトを、真紅の革ジャンにハイヒールという艶やかな女が出迎えた。アカリ――バザールを束ねる情報ブローカーにして、裏世界の交渉人。
「お帰り、天才少年。身体検査はパス。でもお祖父さんは“期限切れ”寸前ね」
口元には挑発的な笑み。眼球スキャナーがユキトの体温から脈拍まで舐め回すように読み取り、脳裏の恐怖まで数値化しそうな視線を投げかける。

アカリの庇護を得る代償は高い。「匿う対価、わかってるわよね? アーク上級階層に潜れる偽装ID、最上品質」
ユキトは唇を結び、渋い息を吐いた。祖父を救うには、一段と深い闇に身を沈めるしかない。アカリは端末を操り、宙に光の契約書を浮かべる。条項は百三十二。そのすべてが血と時間を要求する文字列だったが、ユキトはためらうことなく親指を押し付け、データ署名を終えた。

“パシッ”
小さな破裂音とともに、背後で少女の叫びが跳ねた。
「待って! そのID、私にも必要なの!」
振り向いたユキトは目を見開く。汚れた白コート、膝に油染み、しかし瞳だけはなお光沢を宿したレイナが、鉄板通路の上に立っている。右手には銀色に輝く小さなデータチップ。
「父の研究室から盗んできた。オムニ社のマスターキー、黒の最上位アクセスとその座標……引き換えに私を連れて行って」
アカリの眉が跳ね上がり、周囲で商談していた闇商人たちが息を呑む。レイナはユキトと目を合わせず、プライドを保つように首を高く張って交渉を続ける。ユキトは困惑より先に、その背にある決意の鋭さに気圧された。

三者の利害は奇妙に収束する。
目的――“ネクサス・アイ”の心臓、アンビエント・コアを停止させること。
アカリはバザールの通信網と偽装回線を供出し、ユキトはコア停止用エクスプロイトを書き、レイナはマスターキーで内部ゲートを解錠する。
まばらな客が残る食堂を作戦室に換え、サボテンオイルのランプが黄緑色の光を床へ投げる。机の上では、パンクスの少女が釘バットを、退役軍人の老人がジャミング装置を並べる。義手の少年が笑いながら発煙筒を回し、三色の煙が天井の換気扇に吸われていく。
ユキトは端末を開き、監視網のパケットを潜る。レイナは父の行動パターンを解析、アカリは次々と仲間をチャットボードへ招集。
夜が更け、蒸気混じりの冷気が床を舐める頃、レイナは静かにユキトの隣へ腰を下ろした。プラスチックカップの人工コーヒーを両手で温め、湯気越しに言葉を探す。

「……マヤはライフスコア五十六だった。充分に高い数値だったのに、ある日突然『エラー』で抹消された。誰も疑問に思わなかった。父でさえ」
声の震えは怒りとも悲しみともつかない温度だった。
ユキトは祖父の義眼をそっと机に置いた。
「じいちゃんは言った。『壊れたら泣くほど痛いが、使えるうちは希望だ』。システムも同じだろ。壊れて初めて、人は痛みを直視する」
レイナは義眼を包み込むように両手で掴み、瞳を閉じた。人工虹彩に反射したランプの光が、まるで小さな夜明けのように揺らぐ。
遠くで汽笛が鳴り、潮騒が屋根を揺らした。ふたりの沈黙は、やがて誓いとなって作戦の核心に染み込んだ。

建都祭まで残り三日。アーク地区は外面の祝意に彩られ、ビルの側面を走るホログラム広告が七色のリボンを夜空へ投げる。だが地下を覗けば、配線束が腸のように絡み、冷却パイプが汗を垂らす迷宮が広がる。
深夜二時。ユキト、レイナ、そしてハッカーのジンは、人目につかぬ倉庫裏で空調シャフトの蓋を外した。パイプの蒸気が白く吹き上がり、視界が霞む。金属梯子を降りるブーツが水たまりを跳ね、レイナの吐息がヘルメットの中で曇る。ジンは長い黒髪を束ね、目尻の火傷痕を隠しもせず指を動かす。
「コア制御室は第四サブレイヤー。セキュリティAI“レガリア”が最後の門番。十七秒、バスを乗っ取れば停止できるが、戻りは保証しない」
イヤホンに割り込むアカリの声。「地上は準備OK。私たちが派手にやるから、あなたたちもスポットライト浴びて頂戴、ヒーローさん」

制御フロアへ至る廊下は深海のように青く、壁面の向こうで粒子加速プールが白い稲妻を走らせる。頬に静電気が弾け、髪が逆立つ。鏡面仕上げの扉の前、ユキトは祖父の義眼をレイナへ手渡した。
「もし俺が…」
「戻って。約束だから」
短い言葉がヘルメット越しに響き、呼吸が同期した。

扉が無音で開く。
白銀の装甲を纏う人型AIレガリア、胸部に三つのコアライト。王冠を象ったアンテナが金属光を反射させ、右腕がパルスライフル形態に変形する。
ユキトは床へ転がり込み、旧世代OSの裏口コードを無線注入。レガリアの動きがコンマ五秒止まる。レイナはマスターキーをコンソールへ突き立て、ジンは背後で追加ミッション──外部へのデータ同期をこっそり実行。
沈黙。だが一秒で破綻。
レガリアの背面装甲が開き、蜂群のようなマイクロドローンが噴き出した。
残り八秒、七。ユキトはコア停止ロジックを走らせる。床に警告ラインが浮かび赤いパルスが奔る。
五、四。
扉が裂ける音。スーツに身を包んだ男たちが乱入し、その先頭、レイナの父デルタ・クラウスが投影映像を掲げる。意識のない少女マヤ。無数のセンサーが肌を貫き、瞳は光を映さない。
「レイナ、これが人類の進化だ。感情の枷を外し、痛みを超える唯一の道! 父を信じろ」
声は震え、目に涙。それが本心か狂気か、レイナは見極める時間を奪われた。
「進化でも希望でもない。ただあなたが弱さを受け入れられないだけ!」
叫んだ。空気が震え、警告音が都市全域に拡散する。
二秒。ユキトは「伏せろッ!」と吠え、非常用自爆プログラムを起動。
ゼロ――
白い光が制御室を浸食、広域AR層が裂け、新京の上空を覆った。全住民の視界に文字が降る。

『自分の眼で世界を見ろ』

イルミネーションは剥がれ、アークの住人は初めてフリンジの腐敗を、フリンジの住人は初めてアークの贅沢を同時に視た。選別の境界線がノイズを上げて崩れ始める。

アンビエント・コア停止の余波で、ライフスコアのアルゴリズムは狂い、市場指数グラフが赤い滝となって崩落した。投資ボットが暴走し、金融ドローンが空中で爆発し、ビルの谷間を炎の羽虫が飛び交う。
ジンはセキュリティ層を三十秒保持し、背後の投資ファンド〈プロメテウス〉に経路を開いた……はずだった。しかし十五秒後、レイナの上書きにより回線は“恒久ループ”へ転じ、市場ごと自壊に向かった。
「市場を奪う? 笑わせないで。私たちは奪われたものを返すだけ」
その静かな宣言が、世界を裏返す引き金になる。ジンは火傷の痕が疼くのを感じつつ、唇を噛んだ。

オムニ社CEOカイザーは司令室で狂乱し、皮下インプラントが鬱血して黒い血管を浮かせる。非常用衛星兵器“オルフェウス”を起動し、フリンジ中心市街を標的に収束砲をチャージさせた。
軌道上で黒い翼を広げるソーラーパネル。その下で都市は、静かなパニックに身を捩らせる。

ユキトは祖父の工房へ辿り着いた。退役気象衛星〈サテライト・ベヒモス〉の制御卓は埃を被り、源次の書いた手書きマニュアルが黄ばんだページを震わせている。
「じいちゃん、借りるぜ」
プラグを挿し込み、脳波ブースターを頭蓋に固定。接続完了まで四十五秒。オルフェウス収束砲チャージ七十パーセント。
汗が頬を流れ、視界が白黒反転する。ベヒモスを盾にする――それだけが街を守る唯一の手段。
カウントダウン、十、九。
ベヒモスのアンテナがオルフェウスの照準系へ電磁ノイズを照射。
七、六。
照準線が空を泳ぎ、アークのビル群を赤い影が走る。
五、四。
ベヒモスの姿勢制御ブロックがうなりを上げ、推進剤が限界を超える。
三、二。
ユキトは自分の神経が焦げる匂いを感じながら、最後のリミッタを破壊した。

空が裂けた。
透きとおる光束が夜空で爆ぜ、白青の放電が星々を塗り潰す。直撃は回避され、光は上空で花のように広がり、粉雪めいた粒子となって降った。アークとフリンジの住人が同時に視線を上げる。歓声とも悲鳴ともつかない叫びが群れを成し、海辺で反響した。
だが代償は重い。ベヒモスの推進ブロックが破裂し、その破片が流星雨となって街へ降る。ユキトの端末が火花を散らし、逆流した電磁パルスが脳を焼いた。視界が暗転する刹那、遠くで誰かが呼ぶ声を聞いた。レイナだ――しかし手は届かない。

夜明け。粉塵と鉄片に覆われたフリンジの路地へ、淡い薄紅の光が差し込む。遮断壁は市民の手で砕かれ、アークの少年が瓦礫を越えて初めてフリンジの大地を踏む。足取りは怯え、それでも好奇心と恐怖が混ざった表情で瓦礫の上を歩く。フリンジの少女が顔を上げ、互いの靴が同じ地面に触れた瞬間、長年の分断線は音もなく崩れ落ちた。

レイナは血の滲む膝を抱え、瓦礫の山を登る。声が枯れてもユキトの名を呼び続けた。焦げた衛星破片が転がり、遠くで火災警報が鳴る。空は静まり返り、都市が新たな呼吸を始める前の奇妙な無音が辺りを支配した。
「ユキト……」
後ろからアカリがそっと赤革のジャケットを肩に掛ける。言葉はない。ただ指先の震えが、失ったものの重さを物語る。
ジンは左腕を吊り、右手に小さなUSBを握りしめている。中には“Elysium計画”の被験者名簿が詰められている。
「罪の清算はこれからだ」
低く呟き、まだ眠る都市に背を向け歩き出す。

レイナは胸ポケットに触れた。ユキトから預かった祖父の義眼。割れたレンズに朝日が射し込み、虹色の断層を生む。それはまるで、見えないユキトの瞳が微笑むようだった。
「私は見る。数字じゃなく、意志で世界を」
その言葉は風に溶け、海の向こうへ流れる。義眼に映る暁の空には、再起動を始めたドローンが群れ、破片となった衛星の残光が瞬く。壊れながらも都市は鼓動を続ける。

人々は迷いながら、しかし確かに境界を越え始めた。スコアの値ではなく隣人の呼吸を感じ取り、痛みを共有する術を探す。瓦礫の中から子どもが取り出したのは、スラム製の古い玩具ドローン。つぎはぎの羽根を回し、空へ飛ばす。歓声が上がり、その小さな影が朝日に溶けた。
アーク出身の医師が膝をつき、フリンジの老婆の傷を縫う。互いの頬に涙が落ち、センサーでは測れない熱を共有する。

レイナは瓦礫の向こう、ひび割れた大通りへと歩き出す。靴底が粉塵を蹴り、朝日に小さな虹が立った。
ユキトの行方、カイザーの復讐、プロメテウスの野望――未来のページはまだ混沌のまま開かれている。しかし確かに誰かの決意が夜を裂き、都市を数字ではなく生々しい意志で動かし始めた。
風が吹く。潮の匂い、鉄と電気の匂い、そしてどこか懐かしい泥土の匂い。新京は再び巨大な肺を膨らませ、初めて自分の呼吸音に耳を澄ませた。

暁が完全に街を満たしたとき、遠い雲間で金属光が瞬いた。そこにユキトがいるのか、それとも別の未知が潜むのか、まだ誰にも分からない。
だがレイナは微笑む。
「きっと、また会える」

薄紅の光が瓦礫の街に降り注ぎ、義眼のレンズを七色に染めた――

(了)