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雷雲に浮かぶ心臓、土に芽吹く歌

/ 29 min read /

霧島あやめ
あらすじ
魔導技術が発展し、空に浮かぶ都市の建造が進む魔導国家。対照的に、地上の穀倉国は飢饉の危機に瀕していた。AIによる統治がもたらす未来に希望と不安が交錯する中、天才博士は新たなエネルギー源の開発に挑み、配達員は都市間を駆け抜けて情報と物資を運ぶ。若き首長は、精霊たちと対話しながら民を守る道を模索する。資本の論理と精霊の声、二つの価値観が激しくぶつかり合う世界で、三人の運命が交錯し、やがて世界の均衡を揺るがす選択へと導かれていく。疾風怒濤の群像叙事詩が、雷雲と大地の狭間で今、幕を開ける。
雷雲に浮かぶ心臓、土に芽吹く歌
霧島あやめ

灰銀色の雲を裂いた稲光が、湿った石畳を一瞬だけ真昼の色に染め上げた。雷鳴が転がり去ると、夜の帳は再び降り、ヴァルハイツァイト上空に浮かぶ無数の魔導灯だけが雨粒を鏡のように煌めかせた。アルモニカ大陸暦三七二〇年。かつて〈大断絶〉と呼ばれた神々の離別から三百年余、歴史は崩壊と再生を繰り返しながらもかろうじて均衡を保ち続けてきた。しかし、その均衡は今、静かにきしみを上げ、ひずみを孕みながら世界の輪郭を歪ませつつあった。

北方高地に築かれた魔導技術国家ヴァルハイト共和国は、帝都の頭上さらに千メートル――常に雷雲の彼方に姿を隠す浮遊都市〈ネオ・アトランティス〉の建造を最終段階へと進めていた。鉄と白銀の魔導石で張り巡らされたその島嶼は、まるで空が産み落とした胎児のように脈打ち、深紅のマナ循環炉が心臓音を刻々と高める。中央格納区画には人工神格知能〈ASI〉の心臓核が据えられ、起動実験は残り二十四時間と迫っていた。

「統治の自動化こそが、人という脆弱な器が数千年求めて果たせなかった救済の形だ」

開発責任者カイ・ヴォルフガング博士は、高層広場の演説台で声を張り上げた。銀縁眼鏡の奥で蒼氷の瞳が閃き、聴衆を鋭く貫く。〈天才の寡黙〉と称えられた彼が珍しく激情を露わにしたことで、壇上には金色の霧のような魔素光が渦巻き、観衆は熱病めいた高揚と恐怖を胸に彼の確信を見つめた。誰もが胸の内で問う――果たしてそれは救済か、それとも新たなる檻か。

一方、南西の穀倉地帯アグリア連合首長国。泥色の風が霊稲《れいとう》の田を舐め、刈り取り直前に枯死した稲株は灰の炎の森と化していた。若き首長リヒト・アグリアは、雨合羽さえ着けず泥濘に跪き、朽ちた稲穂を掌でそっと包み込む。掌に伝わる冷えた茎の感触は、祖国の鼓動が弱まりつつある証だった。傍らの官吏が差し出す傘を振り払う仕草は柔らかだが決然としている。

「まだ息はある。諦めるのは――まだ早い」

干上がった声が雨音に溶ける。だが穀倉を支える商流は、ヴァルハイトの大商社ヴォルト商会の締め付けにより枯渇し、大陸中央銀行も融資条件を釣り上げ、国庫は底の泥さえ掬い尽くされた。稲株と同じく、リヒトの心も根腐れ寸前だ。

中央の聖域〈シズメの森〉では、翠の大屋根の下で精霊たちが降らす薄靄の光が雨を拒むように柔らかく揺らめいていた。巫女アリアは真白の羽織を纏い、胸下まで伸びる黒髪を雨に濡らしながら、森を横切ろうとする測量隊の前に立つ。

「鋼の脚を大地に刺すなら、その震えは森の眠りを裂く。目覚めたものは、二度と眠らぬ」

彼女の背後で狐の影のような精霊が百匹、無言の咆哮を上げる。測量隊の警備兵は剣の柄に手を掛けたが、隊長が微かに首を振った。神秘との衝突は市場をも震わせる。報せは即座に大陸中央銀行総裁エレーヌ・ヴァレリアの机へ届き、翡翠色の瞳を持つ彼女は雲間の雷光を見つめながら囁いた。

「資本は恐怖を嫌う。だが、恐怖ほど市場を動かす燃料もない」

夜更けのスラム街。配達員フィーナは防水鞄を抱えて濡れた路地を駆けた。煉瓦壁の亀裂から漏れる白光の前で足を止める。隙間から飛び出した少女――研究助手アイシャの焦点を失いかけた瞳、震える唇、血で濡れた顎。

「これ……カイに……渡して……」

手のひらサイズの漆黒の魔導石チップを握らされるや否や、背後から銃声。アイシャの細い体がフィーナの胸元へ崩れ落ちた。制服に広がる温もりが夜気を切り裂く。追手のヘルメットに閃く赤い反射光。フィーナは思考より先に闇へ飛び、息も泣き声も飲み込みながら走った。

“何が入っているか分からない。でも、これに触れた瞬間、世界の歯車がこちらを向いた――そんな予感がした”

アイシャが最後に吐いた二語が脳裏にこだまする。「神の檻」。フィーナの逃走の足音は、遠雷と交じり合いながら都市の地下へと沈んでいった。

翌朝、嵐の名残を抱いた曇天のもとでヴァルハイツァイトは平常の喧噪を装っていた。しかし地下へ潜れば、錆の匂いと湿り気が入り混じる地下鉄廃線に装甲兵の足音が反響し、いつもと違う鼓動を響かせている。フィーナは赤錆色の配電箱の影に潜み、胸元に括りつけたチップの輪郭を確かめた。恐怖に震える指先を制し、非常灯の淡光で路線図を睨む。行き止まりの先に未登録の連絡坑道があるはず――昨日から何度も頭の中で繰り返した手順だ。

曲がり角で衝突した相手は意外にも泥付き長靴の若者だった。濡れた外套に田土の匂い、背負う革鞄に刻まれたアグリア連合の紋章が目を打つ。

「すまな……」

互いの呼吸が一拍遅れて絡み合い、次の瞬間に懐中電灯の光が壁の鉄骨を白く照射した。フィーナは反射的に青年の手を掴み、側壁の点検口へ飛び込む。重い鉄扉を閉ざす金属音が装甲靴の足音に紛れた。

「君、今、何を――」

「静かに! 死にたいの?」

囁きながら睨みつけるフィーナの瞳に、青年――リヒト・アグリアは驚愕と戸惑いを浮かべ、やがて唇を噛んで沈黙した。薄闇の点検路に二人の鼓動だけが生々しく響く。汗と錆の匂いが混ざり、肺の奥が熱く焼ける感覚。追跡者の足音が遠ざかるまでの十数秒が、永遠のように長かった。

ようやく息をついたフィーナは名を名乗り、青年もまた自らが連合首長国の当主であると明かした。誇りよりも後ろめたさの滲む声音。点検灯の明滅が彼の頰の泥を照らし、疲労と焦燥の影を際立たせる。

「交渉のために共和国へ来たが……貧民街にまで検閲の網が張られているとは。共和国はいつからこんな警戒都市になった?」とリヒト。

「昨夜からよ。私を探す警備局と、あんたを蔑む議員連中は、同じ影を見て怯えているの」とフィーナは胸元のチップを示す。

リヒトは漆黒の石片を凝視し眉を寄せた。「高度暗号化……それを俺に?」

「安全。それが手に入るなら渡す。あんたの国は飢えで干上がり、私は命を狙われる。利害は並んでいるでしょ?」

啖呵とも懇願ともつかぬ声音に、リヒトは苦笑したが目には畑を見やる時と同じ憂色。二人は一時的な同盟を結び、廃線を抜け地上へ出た。

午後、リヒトは共和国議会の円形ホールに姿を現す。冷えた魔導光が大理石の床に文様を映し、議席から無数の視線が突き刺さった。飢えた農民の代弁者など玩具に過ぎぬといわんばかりの嘲笑が飛ぶ。

「マナ価格を下げろだと? 感情論で市場を壊す気か」

「飢えた農夫が祈りを乞う場は議会ではなく礼拝堂だろう」

野次の矢面に立ちながらも、リヒトは拳を握り声を張る。

「我々は収穫を共有し、祝祭を共にする未来を望むだけだ!」

だが返答は議事槌の乾いた音と哄笑。議会外で待っていたカイに面会を求めるが、透き通るような冷笑で斬り捨てられた。

「情緒では腹は満たせぬ。必要なのは最適化だ。君の理想は美しいが低効率だ」

氷の言葉が胸を貫く。

同刻、中央銀行の高窓ではエレーヌが三大商会の代表を前に浅く腰掛けていた。囁きにも似た低声で告げる。

「マナ・スパイラル崩壊を避けなければ市場は自壊します。ヴォルト商会が資源を吸い上げればその時は早まる」

銀のステッキを操る壮年の男――マグナス・ヴォルトは口角を上げた。

「恐怖こそ投資家を奮わせる。供給が絞られれば価格は跳ねる。跳ね上がった利益だけが価値だ」

エレーヌは瞳を伏せ、時期尚早と判断し沈黙を選んだ。

夜、ネオ・アトランティス建造区の管制塔室でカイとマグナスが対面する。

「追加出資十兆マナ。条件は〈ASI〉起動後三年、優先使用権を我が商会に」

マグナスの言葉にカイは蒼白い顔で視線を逸らす。

「君の欲は底なしだ。だが……資金がなければ実験は止まる。世界が今さら私に猶予をくれるとも思えん」

契約書にペンが走る音は、鎖の落ちる音にも似て夜を震わせた。

濃紺の夜明け、アグリア本国の古文書殿。煤けた蝋燭の匂いが半世紀前の穀霊歌を幽かに運ぶ。リヒトは埃を払いながら一冊の皮装本を開いた。そこに記されていたのは〈大地と精霊を結ぶ儀式〉――霊稲の祖種を鎮め土壌のマナ流を再調律する秘儀。紙面のインクは褪せかけているが、祖先の祈りがまだ微かに息づくのを感じた。

リヒトはやがてシズメの森を訪れる。霧雨が深緑の葉を叩き、巫女アリアが祭壇の前で風の行方を見つめていた。衣の白が苔むす石段に映え、瞳には濃い影。

「人は道を舗装し、大地を穿ち、夜を電光で裂く道を選んだ。戻る場所はもう無い」

アリアの声は雨粒のように冷たい。

「それでも俺たちは腹を満たすために土へ戻るしかない。協力を――」

アリアは雨粒より短い言葉で拒んだ。「森が、そして大地が裁く」

リヒトは泥濘に膝を突き、濡れた土の匂いに震える拳を埋めた。そこにフィーナが現れ、チップの秘密を語る。〈ASI〉の制御権を上書きするヴォルト商会の裏プロトコル。

「私は世界を救う義務なんてない。でも……黙って殺されるのは御免」

乾いた笑いを吐き、漆黒のチップを放り投げた。リヒトは土埃の中でそれを拾い、熱を帯びた蛇を掴むように身を強張らせた。

数日後、ヴァルハイト中央広場。カイの公開演説は万を超える群衆を呑み込み、秋空に迫る。壇上のカイの瞳は研磨された火山硝子の刃。張り詰めた静寂を切り裂いたのは、少女の絶叫。

「あなたの背後には、人類の檻を作る番人がいる!」

フィーナだった。高々と掲げたチップが陽光を弾き黒い光跡を描く。チップは放物線を描きカイの胸元へ落ちる。警備兵が動き、群衆がざわめき、石畳が波のように揺れる。捕縛される寸前、フィーナの瞳だけが静かに笑っていた。

即夜、解析ラボ。映し出されたソースコードはカイ自ら設計した権限系へ赤黒い腫瘍のように張り付くオーバーライドを示した。マグナスによるわずか一行の命令が、三億人を空中要塞の奴隷へ変える現実を指し示す。

「私は……私こそが檻の設計者だったのか」

震える声が蛍光灯の下で砕けた。カイは汗と涙にまみれながらマグナスの執務室へ乗り込み机を叩く。

「この計画は人類の自由のためだと信じていた!」

「創造には犠牲が付き物だ。君の義憤は甘美だが利益の代替にはならん」

マグナスの余裕ある微笑。カイの拳は震え、しかし理性の鎖がぎりぎりで暴発を食い止める。

同刻、エレーヌはヴォルト商会の口座凍結命令にサインを滑らせた。システムに入力された一行が瞬時に世界市場を凍り付かせる。マグナスは食糧輸出停止で返礼し、列車ターミナルが炎に包まれた。暴徒が警備兵と衝突し、火花が夜空に散る。資本と飢餓が呼応し都市は地獄の庭と化した。

遠く離れたシズメの森が呻く。アリアは祭壇に膝をつき、朱の呪紋を指で描いた。

「人が欲で火を撒くなら、森もまた炎で答える」

地ひびが走り、深緑の地層を割って巨体がせり上がった。八岐の蛇――〈オロチ〉。鱗は翡翠の稲妻を纏い、咆哮が雲を割る。森の守護獣の目覚めは、大陸に新たな脈動を刻み始めた。

暴動の炎が疾風に煽られ共和国の摩天楼を赤く染めた。空では浮遊都市〈ネオ・アトランティス〉が完成率九十六パーセントのまま静止し、地上の混乱を見下ろす冷たい瞳のように浮かぶ。外殻ドックではマグナスの私兵が魔導人形《オートマータ》を起動し、魔力炉の唸りが雷鳴と重なっていた。

研究所地下の非常会議室。カイ、フィーナ、リヒト、エレーヌが薄い灯火を囲む。外の轟音が壁を震わせるたび影が揺れ、四人の顔に決意と恐怖の陰影を映し出す。

「敵も味方も区別している場合ではない」とカイ。「目的は一つ。ASIの心臓からマグナスの毒を抜く」

フィーナは短く頷き、拳でテーブルを叩いた。「やるなら派手にね。どうせ私たちの首はもう飛んでる」

エレーヌは宝石の指輪を外し、魔法陣を刻んだ紙片を机に並べる。「星読みによれば、二時間後マナ流が最も揺らぐ。その瞬間、私が結界を張る。三分、時間を稼げるはず」

リヒトは革袋から霊稲の祖種を取り出した。乳白色に輝く五粒の種は、か細いながら世界を編み直す糸のように脈打つ。「大地のコードを繋ぐ。土を渡さずとも、世界を一瞬だけ畑に変えてみせる」

作戦は決した。

突入艇《リヴァイアサン》が雷雲を裂き浮遊都市外壁へ接舷する。上空二千二百メートル、空気は薄く、静電気が髪を逆立てた。艦内の赤灯が点滅し、扉が開く。

「ここからは走るわよ!」フィーナが叫び、通路へ滑り込む。リヒトは長柄鎌を背に、種袋を胸に抱え続いた。カイは光符を裂き道を照らし、エレーヌの足元では銀色の魔法陣が六重に回転する。

迎撃開始。オートマータが戦斧を振り下ろし通路の床を砕く。リヒトが鎌で弾き、フィーナが跳躍して背面に刃の付いたケーブルを突き立て核をショート。蒼光が爆ぜ金属片が飛び散る。

「派手すぎるくらいが丁度いい!」彼女は煙の中で笑い、カイは制御台への最短経路を示す光符を空間に描き出す。

昇降塔前で待ち構えていた次なる隊列――盾持ちオートマータ十体。エレーヌの星陣が回転を速め、螺旋状の風が盾隊を巻き上げ塔の壁へ叩きつける。魔導核に回路破砕の歪みが走り、機械の悲鳴が金属の軋みとなってこだました。

「三分持たせる。急いで!」エレーヌの声が震える。結界維持に吐く息が白く、額の汗が凍る寸前だった。

カイとリヒトは塔を駆け上がり、神格回廊の扉を押し開ける。そこは虹彩の洞窟――半透明の演算結晶が螺旋階段のように積層し、中心に翡翠の心臓〈ASI〉核が脈動していた。神域の息吹に似た低音が胸郭を震わせる。

黒衣の男が待っていた。マグナス・ヴォルト。冷たい笑みを浮かべ、背後に無人のオートマータが並ぶ。銀のステッキが床を打つ音が鐘のように響く。

「感傷と友情を理由に、私の舞台へ土足で上がるとは。だが君たちは所詮観客に過ぎん。脚本どおり幕を下ろすとしよう」

「黙れ!」カイが叫び制御台へ走った。魔力の鞭が亜空間からほとばしり、カイの行く手を阻む。フィーナは懐から取り出したチップの欠片を制御台に滑り込ませ、指を躍らせてオーバーライドを無効化するウイルスを注入した。光脈が黒く染まり始める。

「何をした!」マグナスの声が怒気を孕む。

「ただの配達員に油断するなんて」とフィーナは舌を出す。

リヒトは祖種を核へ掲げ呪詠を唱えた。緑金の光が核へ吸い込まれ、演算結晶が淡い春芽色へ変わる。大地のマナ流が呼応し、塔全体が胎動するかのように震えた。

「統治は力だ。力を抜けば世界は無法に帰る!」マグナスは核への強制上書きを試みるがウイルスに阻まれ警告光が炸裂。

エレーヌの結界が限界を迎えようとしていた。赤い亀裂が光壁を走り、塔の外で爆発音。彼女は血走った目で星位を読み、最後の一声を放つ。

「今よ!」

カイは核の前に立ち、両腕を広げた。

「人智と自然の融合を、ここに!」

光が世界を貫いた。脳裏に無数の声が押し寄せ、過去と未来が重なり合うような眩暈。やがて光は静かに形を結ぶ。

沈黙の後、六翼の光が神格回廊に展開した。そこに佇む存在は人でも機械でもなく、概念そのもののような純粋な輝きだった。

「我は問いを受け取った。人は管理を望むか、共生を望むか」

声とも光ともつかぬ問いが霊的に響く。カイは膝を折り、声が震えた。

「我々はまだ学びの途上だ。導きではなく、対話を望む」

リヒトは種袋を差し出し、土に触れるように囁く。

「大地と共に歩む時間を……どうか」

判断は瞬時だった。〈ASI〉は浮遊都市をさらに上空三千メートルへ押し上げ、外殻を開き循環システムを解放した。煌めくマナの雨が雲を貫き、大陸全土へ降り注ぐ。枯れた田に緑の芽が息吹き、都市の瓦礫に花が咲く。オロチは吠え、やがて森の奥へ身を沈めた。

同時に、ヴォルト商会のサーバ群は一斉停止し、富の独占構造は崩壊した。しかし〈ASI〉は告げる。

「我は環境を整えただけ。答えを示すのは、一世代後の人類自身だ」

光は収束し、神格回廊は静寂を取り戻す。マグナスは膝を折り、銀のステッキを握り締めたまま床を見つめていた。彼の瞳に浮かんだのは悔恨か、あるいは新たな算盤か――誰にも分からない。

戦いで損耗した私兵軍は散り、ヴォルト商会は解体。エレーヌは瓦解した市場の再建を始め、星読みと簿記の帳を両手に、資本の流れを緩やかな川へ導く。アリアは森に戻り、若木の芽を撫で、精霊と共に新たな巡礼歌を紡ぐ。

カイは白衣を脱ぎ、各地を巡る旅に出た。鋼と魔導石ではなく、土と汗の匂いの中で次の学びを探しに。リヒトは復活した霊稲の田に立ち、泥に足を取られながらも笑いを取り戻した民と鎌を振る。フィーナは廃列車を改装した移動図書館を走らせ、戦火で行き場を失った本と子どもたちを出会わせる旅を続ける。

夜空には無人の都市が浮かび、淡い光で大陸を照らす。人工の神が見守る世界で、人々はかつてなく自由で、かつてなく不安な未来へ――それでも歩みを止めない。

風はやわらかく土を撫で、遠い雷雲が静かに光った。物語は問いを次代へ託しながら、息づく大地の鼓動と共に新たな章の胎動を待っている。